さくら坂の縁結び ~今宵、空に舞うは恋の花~
本文

 六月も下旬になったこの日、雫は侑希と図書館に来ていた。
 夏休み前には一学期の期末試験がある。二年生になってコース別授業になってからの初めての期末試験だから、なんとかいい点を取りたいと思う。

 雫は隣に座る侑希を窺い見た。

 自分一人ではすぐに集中力が切れてしまうけれど、今まで侑希がいてくれたから頑張れた。
 解けなかった問題が解けたときに「よくできました」と、まるで小学生にでも言うようににこりと表情を綻ばせる仕草が好きだ。きっと、小学生の妹に教えるのと同じ感覚なのだろうな、と思う。

 茶色の綺麗な髪が額に掛かり、問題集を見るために伏せた目を縁取る長い睫毛が揺れている。
 相変わらず綺麗な顔だなあ、と思う。高い鼻の付け根とか、真っ白な肌とか、本当に羨ましい。

「雫、違うよ。ここは、mとnに内分する点だから──」

 いつものように数学の問題に詰まっていると、シャープペンシルが動いていないことに気付いた侑希がすかさず説明してくれる。
 不意に近くなる距離に、胸がドキンと跳ねた。その距離感が恥ずかしくて、思わず体を反らせてしまう。

「どうしたの?」

 急に不自然に距離を取ろうとした雫を、侑希が困惑気味に見つめる。
 
「え? なんでもない」
「そう? じゃあ──」

 雫は慌てて表情を取り繕い、体勢を元に戻す。侑希は怪訝な表情をしたものの、すぐに気を取り直して説明を再開した。

 一度好きだと自覚すると、今までどうやって接してきたのかがわからなくなる。隣に座る侑希の一挙手一投足が気になって、息をするのも忘れそうになる。
 よく今まで普通に勉強できていたものだと、自分の神経の図太さに半ば呆れてしまう。本当に、みんなどうやってこの気持ちを落ち着けるのだろうかと、不思議でならない。

 説明を終えた侑希は、体を正面に戻すと目の前の問題集をパタンと閉じた。

「今日、終わりにしようか?」
「え?」
「なんか雫、集中してないじゃん」
「う、うん」

 集中できていないのは紛れもない事実で、言い返す余地もない。俯く雫の隣で、侑希はスマホを見て時間を確認した。

「まだ七時前か……」

 小さく呟く声が聞こえた。ここに来たのが六時頃なので、一時間も経っていない。自分の不甲斐なさが耳に痛い。
 侑希が机に広がっている教科書やノートをしまい始めたのを見て、雫も慌てて片付け始めた。

「ごめん」
「いいよ。そんな日もあるよな」

 侑希は笑ってそう言うと、鞄を肩に掛ける。帰り際、図書館の入り口の掲示板には花火大会のお報せが出ていた。
  
「今年は晴れるといいね」
「あ、もうそんな季節かー」

 雫に釣られるようにそのお報せを見た侑希が、誰に言うでもなく呟く。
 去年、最初にここに来た頃にもこのお報せが出ていた。もう、この関係が始まって一年が経とうとしているということだ。

「雫。今日この後まだ時間は平気?」
「今日? 平気だけど」

 普段、雫は夜の八時までさつき台図書館で勉強してから帰る。今はまだ七時だから、時間は大丈夫だ。けれど、なぜそんなことを聞くのだろうかと雫は困惑気味に侑希を見上げた。

「小学校、行ってみない?」
「小学校?」
「うん。今ちょうどビオトープで飼っている蛍が見られるって杏奈(あんな)が言っていたんだ」
「え? 本当? 行きたい」

 杏奈とは、小学六年生の侑希の妹の名前だ。雫と侑希の通っていた小学校には、校舎の裏手に立派なビオトープがあった。そこで人工的に蛍を飼っていて、毎年六月頃になるとふわりふわりと幻想的に光が飛び交う景色が見られる。雫も小学生の頃は毎年見に行っていた。

< 59 / 68 >

この作品をシェア

pagetop