侑希もチラッと久保田くんの方を向き、「じゃーな。久保田も早く帰った方がいいよ。自転車、暗いと危ないよ」と私の腕を摑んでいない方の片手を上げる。
 久保田くんは机の上を片付けながら、「うん、ありがとう。またね」と言った。



 まだ九月とはいえ、夜の七時近くになると辺りはすっかりと夜の帳が降りていた。昼間はセミがまだ鳴いているのに、夕方になるとどこからかチリリリリーンと虫の声が聞こえてくる。秋は確実に近付いているようだ。

 私は隣を無言で歩く侑希をチラッと見た。なんだか、今日は機嫌が悪いような気がする。

「侑くんさ、執事やんないの?」

 私は隣を歩く侑希におずおずと尋ねた。

 誰がメイド役や執事役をやるのかはこれからクラスの皆で決めるが、侑希は誰がどう見ても執事役が似合いそうな気がした。
 現に、侑希は皆から執事役に推されていた。元々が綺麗な顔立ちなので、蝶ネクタイをつけて「お嬢様」などとかしずけば、たちまち来店した女子生徒達から大人気になるだろう。

「やだよ。面倒くさい。着せ替え人形じゃないんだから」

 ぶっきらぼうで吐き捨てるような口調は、本気で嫌がっていることを窺わせる。

「そっか」

 悪いことを言ってしまったかもしれない。
 少しの沈黙を経て、侑希が小さく呟くのが聞こえた。

「俺、自分の顔嫌い」
「え?」

 驚いてパッと顔を上げると、俯き加減の侑希の表情が目にはいる。少し唇を噛んだその表情が、強く印象に残った。

 侑希は、母親譲りで彫りが深く、日本人離れした顔をしている。平凡な容姿の私から見れば羨ましい限りだけれど、何かそのことで嫌なことでもあったのだろうかと心配になる。

 少し迷い、侑希を元気づけようと私は口を開いた。

「私は、好きだよ」
「え?」
「侑くんの顔、私は好きだよ。すごく綺麗だもん」

 侑希は目を見開いて絶句したまま、こちらを見つめていた。私はにかっと笑ってみせる。
 そして、肩から下げる鞄を手探りで漁り、カサリとした感触のものを見つけて取り出す。

「ほら、これあげるよ。侑くんお菓子好きでしょ」

 差し出したのは、今日のクッキング部で作ったクッキー。侑希は無言で受け取ると、じっとそれを見つめた。

「これ、さっき久保田が持っていたやつ?」