きみとずっと、この空を眺めていたい ~さくら坂の縁結び~

 長い夏休みが明けても、熱気はすぐに去ってはゆかない。
 うだるような暑さの中、滴り落ちる汗を手の甲で拭う。残暑はまだまだ厳しそうだ。

 二学期が始まって少ししたこの日、私はさくら坂を登っていた。

 ようやく頂上に着くと、駅前の商店街へと足を進める。
 商店街の歩道には屋根がついているので直射日光は避けられ、暑さは幾分か和らいだ。そのまま歩き続け、一軒のこぢんまりとした店舗──田中精肉店の前で足を止める。

「こんにちは」
「こんにちは。なににしますか?」
「メンチカツの揚げを……二つ」

 ガラスケースの中にはカットした鶏むね肉やスライスした豚ロース、霜の入った国産和牛など、様々な生肉が陳列されている。そして、一番上の段には、今私が注文したメンチカツを始め、コロッケ、トンカツなどの調理前の状態で並んでいた。
 黒縁眼鏡をかけた人のよさそうな精肉店のおじさんは、その一番上の段からメンチカツを二つ取り出すと、奥の厨房の揚げ器へと放り込んだ。ジュワワワワという、食欲をそそる音が通り沿いまで聞こえてくる。

「はい、熱いから気を付けてね」

 白い紙製のコロッケ袋に包まれたメンチカツを二つ、小さなレジ袋に入れて差し出される。私は百円玉を三枚財布から取り出し、そのレジ袋と交換した。

「さーくーらーさーまー」

 小さな祠に呼びかけると、ふわっと空気が揺れるような、不思議な感覚。それと共に、どこからともなく赤い着物を着た綺麗な女の子が現れる。
 まるで人形みたいに綺麗な女の子。太陽の光の下で見るさくらの瞳は、相変わらず虹色に煌めいて、とても美しい。

「メンチカツ、買ってきたよ」

 レジ袋を差し出すと、さくらは確認するように覗き込む。
 一つ袋から取り出して差し出すと、嬉しそうにそれを両手で受け取り、もぐもぐと食べ始める。そして、あっという間に平らげてしまった。

 熱くないのかと心配になるけれど、全く気にする様子もない。
 もしかしたら、神様は熱さを感じないのかもしれない。

「もう一つあるのう」

 ぺろりと食べ終えたさくらが、物欲しげに私の手元のレジ袋を見つめる。

 これ、自分用なんだけど……。私は自分の手元を見た。
 チラリとさくらを窺い見ると、少し首を傾げてつぶらな瞳をこちらに向けている。

 私は「うっ」と言葉を詰まらせる。
これではまるで、十歳にも満たないような年端もいかない可愛い少女にメンチカツをおねだりされているのに、意地悪をしている女子高生の図ではないか。

「…………。よかったらもう一ついります?」
「いいのかのう」

 一応、いいのかと聞いてはいるけれど、こちらに断る権利はなさそうである。

 うう、さようなら、私のメンチカツ。大好きなのに! あとでもう一度買いに行くから!

 涙を呑んで残ったひとつのメンチカツを差し出す。
 さくらはそれもペロリと平らげると、ご機嫌な様子で私の前に座った。私もさくらと視線を合わせるように、そこに座り込む。

「ねえ。私、侑くんの縁結びのお手伝いって、うまくできているかな?」
「そなたはどう思うのじゃ?」
「うーん」

 逆に聞き返され、私はその場で考え込む。

 夏休み中も、侑希とは週に一度待ち合わせして図書館の自習室に勉強に行った。やることは夏休みの宿題と、一学期の復習など。そして、それが終わった後は『頑張ったご褒美』として、近所のファミレスにパフェやアイスを食べに行ってお喋りするまでが定番だ。

 先日、侑希に好きな子とは上手くいっているのかと聞いた。
 すると、侑希は『今までより二人で過ごすことが増えた』と嬉しそうに笑った。ということは、きっと以前よりは進展しているのだろう。

「少しは、お役に立てている、かな?」
「そう思うならば、自信を持つがよい」

 落ち着いた口調でそう言うと、さくらは美しい虹色の目を細めた。

    ◇ ◇ ◇

 さくら坂高校では年に一度、さくら祭という学園祭がある。

 ネーミングからすると春にやりそうなこの学園祭だけれども、学校の名前を付けただけで桜は関係がない。だから、実際に開催されるのは十月の三連休がある週末だ。
 
 夏休みも明けたこの日、私のクラスである一年B組では、さくら祭でどんな出し物をするかについて議論がされていた。

「この他になにかあるか?」

 担任の山下先生が、黒板から目を離してこちらを振り返る。

 黒板には、『お化け屋敷』『メイド・執事喫茶』『劇』『占いコーナー』の四つの案が出されている。
 教室を見渡して誰も手を挙げないことを確認した山下先生は、こちらを振りむいて教壇に両手をつく。

「どうやって決めるか、案はあるか?」

 しばらくシーンと静まり返った教室の中で、一人の生徒──久保田彰人(くぼたあきひと)がおずおずと手を上げた。

「お化け屋敷はA組がやると聞いたので、違うものがいいと思います」

 教室にいる生徒達からも、賛成の声が上がる。山下先生は黒板の『お化け屋敷』の文字の上からチョークで取り消し線を引いた。

「残り三つだ。どうやって決める?」
「多数決がいいと思います」

 また、久保田くんが手を上げてそう言った。

「いいでーす」
「賛成!」

 久保田くんの言葉に、何人かの生徒が同調するように賛成の声を上げる。山下先生は両手を胸の前で下に抑えるようなポーズをして、静かにするようにと促した。

「他に意見はあるか?」

 教室は静まり返り、誰も何も言わない。

 その後、クラス全員による投票が行われ、さくら祭の出し物は『占いコーナー』との僅差で、『メイド・執事喫茶』に決まった。



 その数日後のこと。
 部活を終えて戻ると、教室に明かりがついていた。

 今日は通常のクッキングに加えて、夏休み中に市が開催していたレシピコンテストにどんなレシピを出したのか報告し合ったので、いつもよりも少しだけ時間が遅かった。こんな時間に誰だろうと、私は教室を覗く。

「あれ、久保田くん。どうしたの?」

 そこにはクラスメイトの久保田くんがいた。
 机に向かい、ノートになにかを書き連ねている。こちらに気付いた久保田くんは、目の前のノートを差し出すように見せた。近くに寄ってそれらを見ると、さくら祭の準備リストのようだ。

「先生に頼まれたの?」
「そう。早めに何を買ってどうするか決めないといけないんだけど、飯田さんが風邪ひいてここ最近休みだから、とりあえず一人でできるところまでやっちゃおうかと思って」
「そっか。久保田くん、学園祭係だもんね」
「完全に押し付けられた感じ。言い出しっぺ的な」

 久保田くんは少し垂れ気味の目じりを更に下げて苦笑した。

 飯田さんとは、久保田くんと一緒に一年B組の学園祭係に選ばれた女子生徒だ。本名を飯田由紀(いいだゆき)という。
 ノートには、調理係、メイド係、執事係をそれぞれ何人にするか、紙皿や紙コップなど当日に必要なものは何か、料理はどうするかなど、これから決めなければならないことがびっしりと書かれていた。

「すごい! 手伝うよ。一人じゃ大変でしょ?」
「本当? 助かる。今日、みんな部活あるって逃げられてさ」

 本当に大変だったようで、久保田くんはホッとしたように息を吐く。

「ところで、原田さんはなんでこんな時間まで?」
「私? 私も部活だよ。クッキング部」
「クッキング部なんだ」
「うん。今日はクッキー作ったの。あ、そうだ。たくさんあるからあげるよ」

 私は鞄を漁ると、透明のフィルムに包まれたクッキーを差し出す。たくさん焼いたので、同じものがあと四つある。久保田くんは目をぱちくりとさせてそれを受け取ったが、すぐに嬉しそうに笑った。

「ありがとう。糖分補給する」
「どういたしまして。久保田くんは部活は?」
「俺、陸上部。短距離が得意なんだ」
「へえ」

 そういえば体育の授業のとき、久保田くんはクラスで一番足が速かった気がする。その姿がかっこいいと、クラスメイトの一部の女子が密かに盛り上がっていた。

「部活もあるのに、なおさら大変だよね。じゃあ私、料理のところ考えようか? 誰が調理係になるかわからないから、あんまり難しい料理はやめた方がいいと思うんだよね」
「そっか。時間帯によってクオリティが違うとよくないもんね」

 そんなことを話して盛り上がっていると、ガラリと教室の扉が開いた。

 そちらに目を向けると、侑希が立っていた。こちらを見ると、少し不機嫌そうに眉間に皺が寄る。

「……何やってんの?」
「何って……、さくら祭の準備だよ」
「ふうん」

 私はなぜそんなことを聞くのかと、首を傾げた。
 手に持った鞄から、スポーツタオルが半分飛び出しているところを見ると、侑希も今部活が終わったところだろう。つかつかとこちらに歩み寄ると、こちらを見下ろす。

「今日はもう遅いから明日でいいんじゃない?」
「え? もうそんな時間?」

 久保田くんが侑希の指摘に、慌てて時計を確認する。時刻は午後六時五〇分。さくら坂高校の最終下校時刻まで後十分しかない。

「本当だ」

 いつの間にか思ったより遅くなっていて、私も慌てた。

「雫、帰るぞ」
「あ、うん」

 侑希が椅子に座っている私の片腕を引く。私はとっさに振り返って久保田くんに手を振った。

「久保田くん、また明日」
「またね」

 侑希もチラッと久保田くんの方を向き、「じゃーな。久保田も早く帰った方がいいよ。自転車、暗いと危ないよ」と私の腕を摑んでいない方の片手を上げる。
 久保田くんは机の上を片付けながら、「うん、ありがとう。またね」と言った。



 まだ九月とはいえ、夜の七時近くになると辺りはすっかりと夜の帳が降りていた。昼間はセミがまだ鳴いているのに、夕方になるとどこからかチリリリリーンと虫の声が聞こえてくる。秋は確実に近付いているようだ。

 私は隣を無言で歩く侑希をチラッと見た。なんだか、今日は機嫌が悪いような気がする。

「侑くんさ、執事やんないの?」

 私は隣を歩く侑希におずおずと尋ねた。

 誰がメイド役や執事役をやるのかはこれからクラスの皆で決めるが、侑希は誰がどう見ても執事役が似合いそうな気がした。
 現に、侑希は皆から執事役に推されていた。元々が綺麗な顔立ちなので、蝶ネクタイをつけて「お嬢様」などとかしずけば、たちまち来店した女子生徒達から大人気になるだろう。

「やだよ。面倒くさい。着せ替え人形じゃないんだから」

 ぶっきらぼうで吐き捨てるような口調は、本気で嫌がっていることを窺わせる。

「そっか」

 悪いことを言ってしまったかもしれない。
 少しの沈黙を経て、侑希が小さく呟くのが聞こえた。

「俺、自分の顔嫌い」
「え?」

 驚いてパッと顔を上げると、俯き加減の侑希の表情が目にはいる。少し唇を噛んだその表情が、強く印象に残った。

 侑希は、母親譲りで彫りが深く、日本人離れした顔をしている。平凡な容姿の私から見れば羨ましい限りだけれど、何かそのことで嫌なことでもあったのだろうかと心配になる。

 少し迷い、侑希を元気づけようと私は口を開いた。

「私は、好きだよ」
「え?」
「侑くんの顔、私は好きだよ。すごく綺麗だもん」

 侑希は目を見開いて絶句したまま、こちらを見つめていた。私はにかっと笑ってみせる。
 そして、肩から下げる鞄を手探りで漁り、カサリとした感触のものを見つけて取り出す。

「ほら、これあげるよ。侑くんお菓子好きでしょ」

 差し出したのは、今日のクッキング部で作ったクッキー。侑希は無言で受け取ると、じっとそれを見つめた。

「これ、さっき久保田が持っていたやつ?」
「あ、うん。一人で頑張っていて凄いなって思って。たまたまクッキング部で作って持っていたからあげたの」

 私は慌ててもう一度鞄を漁る。一袋に二枚しか入っていないので、少ないと思われたと思ったのだ。すぐにもうひとつ取り出すと、それを差し出す。
 侑希はきょとんとした顔でそれを見つめ、首を傾げた。

「雫の分は?」
「自分の分はちゃんとあるから大丈夫だよ。また作れるし」
「久保田にも二つあげたの?」
「え? 一つだけど?」
「そっか。ありがとうな」

 侑希は差し出されたそれを受け取ると、嬉しそうに笑った。
 よかった、落ち込んだ気分が少しは晴れてくれたようだ。

 最寄りのすみれ台駅からの帰り道、口数か少なかった侑希の機嫌は幾分かよくなったようで、「なあ」と声を掛けてきた。

「雫も、俺の執事姿が見たい?」

 その質問は、どう答えるべきか難しい。

 先ほどの侑希の反応を見る限り、『別に見たくない』というべきなのかもしれない。けれど、本音を言うと、侑希の執事姿を見てみたい気がした。だって、絶対によく似合うから。
少し考えてから、私は言葉を慎重に選びながら口を開く。

「見てみたい気もするけれど、侑くんが嫌なら見なくてもいい。でも、きっと似合うと思うよ。だから、着るならすごく楽しみ」

 侑希は返事することなく数回目を瞬くと、首の後ろをぽりぽりと掻いた。昼間とは打って変わって涼しさの混じる風が吹く。

「ん」

 返事がどうかも分からないような、小さな声が聞こえた。

   ◇ ◇ ◇

 電子レンジに入れてタイマーを回し、待つこと三分。チーンという音とがして扉を開けると、食欲をそそる香りが鼻孔をくすぐる。

「最近の冷凍食品は凄いよねー」

 ミトンを付けた手で中のものを取り出すと、お母さんの口癖を真似ながら被せていたラップを外す。
 お皿の上では、ほっかほっかのオムライスが完成していた。

 冷蔵庫から取り出したケチャップをかけてスプーンで掬うとぱくりと口に含む。

「うーん。美味しい!」

 卵の優しい味わいとケチャップの酸味が混ざり合い、絶妙のコンビネーション。昔の冷凍食品のクオリティについては知らないが、今現在の冷凍食品が凄いという点については同意できた。

 週末の日曜日となるこの日、お父さんはゴルフ、お母さんはお友達とお出かけに行ってしまったので、ひとりっ子の私は一人で留守番をしていた。
 お母さんは私だけで留守番させることを気にしていたが、もう高校生なのだからと笑って送り出した。きっと、今頃羽を伸ばして普段は食べないような美味しいランチを堪能していることだろう。

 そして当の私はクッキング部なこともあり、料理好きだ。
 当然自分で料理するつもりだったのだけど、いざ冷蔵庫を開けたら夕食の食材以外ほとんど何も入っていなかった。雨の中を買いに行くのも面倒くさくなって、冷凍庫まで漁ると、冷凍食品のチキンオムライスが出てきたのでそれをお昼ご飯にすることにしたのだ。

「そうだ。さくら祭で出す料理、冷凍食品はどうかな……」

 ふと思いついて独りごちる。

 あの日、久保田くんに『さくら祭で出す料理を考えてみる』と約束したので、自分なりに誰が調理係になっても大丈夫な料理を考えてみた。
結果、思いついたのは『サンドイッチ』と『フランクフルト』。あとは『カレー』『ビーフシチュー』『クリームシチュー』と見事に液体系ばかり。

 なんともアンバランスなメニューにどうしたものかと悩んでいたので、今お皿に乗っているチキンオムライスは目から鱗の救世主に見える。
 これなら火を使わずに電子レンジさえあれば誰でも作れるし、世の中にはから揚げやアメリカンドックの冷凍食品もあるはずだ。それに、そんなに高くない値段で提供できるはず。

「よし。週明けに学校でみんなに提案してみようかな……」

 空になったチキンオムライスの袋には、食品加工会社の名前が記載されていた。よくよく考えると、カレーもビーフシチューもクリームシチューも、ルーを使えば誰でも簡単に同じような味で作れる。

 こういうのって、どうやって作っているのかな?

 インスタントラーメンの始まりが日清食品の創業者である安藤百福氏であるのは伝記で読んだことがあるけれど、他のインスタント食品のことは何も知らない。
 部屋に戻ってからちょっとした好奇心が湧いてスマホで調べていると、机の脇の窓ガラス越しに青色が動くのが視界の端に映った。目を向ければ、隣に住む侑希がちょうどどこかに出掛けるところのようだ。透明のビニール傘を持ち、イラストがプリントされたTシャツにジーンズ姿で、背中に黒のリュックサックを背負っている。

 塾かな? それとも、友達と遊びに行くのかな?

 雨の中遠ざかる後ろ姿を眺めながら、そんなことを思う。

 今日行くところに、侑希の好きな人がいるのだろうか。
 未だに私は、侑希の好きな人のことをよく知らない。聞いてもいつものらりくらりとはぐらされてしまうのだ。

 なんとなくモヤッとした気持ちを感じ、胸に手を当てて首を傾げる。
 気分転換にスマホで音楽を聴きながら、本でも読むことにした。

    ◇ ◇ ◇

 さくら祭が明後日に迫ったこの日、調理係のリーダーを任されていた私は当日までの準備品を確認していた。

 ケチャップ五本。業務用からあげ二〇袋、オムライス五〇食、クリームシチュー用のルー五箱、配膳用紙皿三〇〇枚、紙コップ五〇〇個、箸にスプーン、紙ナプキン……。
 漏れがないかと確認していると、ノートに影が射した。

「雫ちゃん、ごめん!」

 顔を上げると、眉尻を下げ、手を合わせてごめんなさいのポーズをした夏帆ちゃんがいた。私は突然のことに、目を瞬かせる。

「夏帆ちゃん? どうしたの?」
「あのね、実は──」

 さくら祭は十月の三連休のうち、土日の二日間を使って行われる。
 前々から、この二日間とも同級生で仲の良い夏帆ちゃんと二人で回る約束をしていた。しかし、夏帆ちゃんはさくら祭前々日の今日になって、日曜日は彼氏である松本くんと回りたいと言い出した。なんでも、サッカー部のポップコーン屋さんのシフトを松本くんが変えてもらえたとか。

 両手を合わせたままペコリと頭を下げ、しきりに「ごめん」と謝る夏帆ちゃんに、私は「いいよ、いいよ。気にしないで」と笑いかける。

「雫ちゃん、一緒に回る人いる? もしいなかったら一緒に──」
「大丈夫。適当に誘うよ。みんな駄目なら、クッキング部の友達と回ればいいし」

 私はぶんぶんと両手を胸の前で振った。

 カップルで回りたいと言っている友人に誘われて、のこのこと付いていくほど無粋ではないつもりだ。夏帆ちゃんは私がクッキング部の子と回ると言うのを聞いて、ホッと安堵の表情を浮かべた。

「もし一人になっちゃいそうだったら、私、聡の誘いを断るから言ってね。雫ちゃんが先約だもん」
「平気だよ」

 夏帆ちゃんを安心させるように、にかっと笑う。

 さて、誰を誘おうかな……。

 とりあえず、クッキング部の友達に後で声をかけようかな。後はクラスメイトの美紀ちゃんか、優衣ちゃんか。
私はそんなふうに簡単に考えていた自分の考えの甘さに、数時間後には打ちのめされた。

「ごめんね。その時間、中央ホールで演奏会があって……」
「ううん。大丈夫!」

 申し訳なさそうに眉尻を下げる友人に、私は慌てて手を振る。

 三人目に声を掛けた美紀ちゃんも、予定があった。吹奏楽部のミニコンサートが校舎の中央にある吹き抜けのホールであるそうだ。演奏自体は二〇分で終わるが、その前後にリハーサルや反省会で時間を取られてしまうらしい。
 今のところ、声をかける人全員に断られている。

 うーん。一人で回るかなぁ。

 日曜日の午前中はクラスの出し物で予定があるけれど、午後はクッキング部の出店の片づけをする四時まで、ほぼ丸々空いている。
 よくよく考えれば、当日の二日前になっても用事もないのに一緒に回る人がいない生徒など、ほとんどいないだろう。なんなら、料理係のリーダーとして調理補佐に入ってしまおうか。

「雫ちゃん。買い出しそろそろだけど、行ける?」

 うーむと悩んでいると、一年B組のさくら祭クラス委員を務めている飯田由紀がこちらへとやってきた。
 本番が明後日なので、これから必要なものの買い出しに行くのだ。前日にしないのは、万が一買いに行ったお店で売り切れていた場合に他のお店に買いに行く時間的余裕を確保するため。

「行けるよ」
「よかった。二時にエントランス付近に集合して出発するから、一緒に行こう」
「うん、すぐ行く」

 机に広げていたノートを閉じると、それを鞄にしまう。腕時計を見るとあと五分位しかない。慌てて廊下に出てエントランスへと向かうと、そこには既に何人かの同級生たちが集まっていた。

「原田さん、こっちだよ」