自宅から少し離れた場所にあるこの私立さくら坂高校に入学したとき、高校こそは絶対に侑希と違うと思っていた。なぜなら、侑希はすごく成績がよかったから、県下一の難関県立高校に合格間違いなしだと誰もが思っていた。

 けれど、ふたを開けたらなんと高校も一緒だった。
 入学式で「よう、雫!」っと声を掛けられたときはものすごく驚いたのを覚えている。なんでも、県立高校の入学試験の日に高熱を出して入試を受けられなかったそうだ。本当に気の毒だと思う。

 キーン、コーン、カーン、コーン、と予鈴が鳴る。
 
 この後の五時間目は苦手な数学Ⅰだ。
 私は机を漁るとプリントを取り出して、小テストの予習のために目を通し始めた。けれど、妙な視線を感じて顔を上げる。前の椅子を反対向きに向けたまま、夏帆ちゃんがまだ何かを言いたげにじっとこっちを見つめていた。

「夏帆ちゃん、どうしたの?」
「雫ちゃんはさー、どんな人が好みなの?」
「好み?」
「うん」

 好み? きっと、夏帆ちゃんが聞いているのは異性の好みのことだろう。

 突然の質問に目をしばたたかせた。
 そんなこと、あんまり考えたことない。

「うーん、わかんない」
「えー。でも、誰でもいいわけじゃないでしょ?」
「それはそうなんだけど……」
「じゃあ、どんな人?」

 夏帆ちゃんちゃんは興味津々な様子で追及してくる。私はうーんと眉を寄せて宙を見た。それは『タイムマシンを作った未来人はなぜ過去において確認されていないのか』という質問と同じくらい難しい。つまり、回答不能ということだ。

「優しくて」
「うん」
「かっこよくて」
「うん」 
「頭がいい人?」
「……。なんで、疑問形?」

 夏帆ちゃんが苦笑する。だって、わからないものはわからないんだもん。

「急にそんなこと聞いてきて、どうしたの?」

 私は逆に夏帆ちゃんに聞き返した。
 夏帆ちゃんの恋バナを私が聞くことはたくさんあっても、こっちが聞かれることは殆どなかったのだ。いつも聞き役だったのに、珍しい。

 夏帆ちゃんはよくぞ聞いてくれたとばかりににんまりとして、私の耳元に口を寄せた。

「聞いて。私ね、彼氏ができた」
「うん?」
「彼氏ができたよ」

 こそっともう一度囁かれたその言葉に、私の思考は暫し停止する。

 彼氏? 彼氏……、彼氏!?

「ええー!」