しばらくシーンと静まり返った教室の中で、一人の生徒──久保田彰人(くぼたあきひと)がおずおずと手を上げた。

「お化け屋敷はA組がやると聞いたので、違うものがいいと思います」

 教室にいる生徒達からも、賛成の声が上がる。山下先生は黒板の『お化け屋敷』の文字の上からチョークで取り消し線を引いた。

「残り三つだ。どうやって決める?」
「多数決がいいと思います」

 また、久保田くんが手を上げてそう言った。

「いいでーす」
「賛成!」

 久保田くんの言葉に、何人かの生徒が同調するように賛成の声を上げる。山下先生は両手を胸の前で下に抑えるようなポーズをして、静かにするようにと促した。

「他に意見はあるか?」

 教室は静まり返り、誰も何も言わない。

 その後、クラス全員による投票が行われ、さくら祭の出し物は『占いコーナー』との僅差で、『メイド・執事喫茶』に決まった。



 その数日後のこと。
 部活を終えて戻ると、教室に明かりがついていた。

 今日は通常のクッキングに加えて、夏休み中に市が開催していたレシピコンテストにどんなレシピを出したのか報告し合ったので、いつもよりも少しだけ時間が遅かった。こんな時間に誰だろうと、私は教室を覗く。

「あれ、久保田くん。どうしたの?」

 そこにはクラスメイトの久保田くんがいた。
 机に向かい、ノートになにかを書き連ねている。こちらに気付いた久保田くんは、目の前のノートを差し出すように見せた。近くに寄ってそれらを見ると、さくら祭の準備リストのようだ。

「先生に頼まれたの?」
「そう。早めに何を買ってどうするか決めないといけないんだけど、飯田さんが風邪ひいてここ最近休みだから、とりあえず一人でできるところまでやっちゃおうかと思って」
「そっか。久保田くん、学園祭係だもんね」
「完全に押し付けられた感じ。言い出しっぺ的な」

 久保田くんは少し垂れ気味の目じりを更に下げて苦笑した。

 飯田さんとは、久保田くんと一緒に一年B組の学園祭係に選ばれた女子生徒だ。本名を飯田由紀(いいだゆき)という。
 ノートには、調理係、メイド係、執事係をそれぞれ何人にするか、紙皿や紙コップなど当日に必要なものは何か、料理はどうするかなど、これから決めなければならないことがびっしりと書かれていた。