俺は雫の持っていたごみ袋のうち、大きい方をひょいと取った。雫は不意打ちに驚いたように、こちらを見上げる。

「大丈夫だよ。かさ張っているけど中身は丸めた新聞紙だから、そんなに重くないし。持てるよ?」
「いいんだよ。俺、女子がごみ袋を必死に運んで顔を赤くしているのに素通りするような鬼畜じゃないし」
「赤くしてないし!」
「していたよ」

 からかうようにそう言うと、雫がふて腐れたように頬を膨らませる。その姿がなんだかリスみたいに可愛くて、思わず顔がにやけそうになる。

 そのときだった。

 ぼんやり見ていた前方に赤色のものが映った。ちょこんと通路の端に立ってこちらを見ているのは昨日の女の子だ。
 びっくりしてすぐに雫を見ると、特に驚いて反応する様子もない。そうこうするうちに女の子はくるりと姿を消した。

 よかった、雫は気付いていなさそうだ。

 ──願いを叶えたくば、思いを寄せる娘に勉強を教えよ。

 不思議な女の子の言葉が脳裏に蘇る。

 ──でも、どうやって? 

 突然、『勉強教えてやるよ』って言ったら不審がられるに違いない。どう切り出すべきかと悩んでいたら、今日の昼間に見た雫の表情がふと蘇った。

「なあ、雫。お前昨日の数学の小テストでさ──」
「へ!? 待って! お願い、言わないで!」
 
 慌てたように雫が片手をこちらに伸ばし、俺の口を手で塞いだ。
 唇に雫の手のひらが当たり、まるで手のひらにキスをしたみたいだ。顔に熱が集まる。

「数学、苦手なの」

 ぶっきらぼうにそう言った雫は、すたすたと前を歩いて行ってしまった。髪の毛の合間から見える耳が、ほんのりと赤く色付いている。

 その後ろ姿を慌てて追いかけながら考える。数学が苦手と聞き出したんだから、この流れで勉強を教えてあげる流れを作らないと。
 小柄な後ろ姿を見つめながら、切り出すタイミングを窺っているうちにゴミ捨て場についてしまった。

 ようやく本題を切り出せたのはゴミ捨てが終わってから。
 けれど、返ってきた返事は予想外だった。

「駄目でしょ」

 一瞬、頭が真っ白になる。

 なんで? なんでだ? 俺に教えられるのが嫌だから?

 ブリザード状態の感情を落ち着かせてなんとか理由を聞き出したときは、頭が痛くなる思いだった。