田中精肉店とは、さくら坂駅前商店街にある昔ながらの小さな精肉店だ。生肉と共に、ミートボールやコロッケ、メンチカツもバラで売っている。
 頼めばお店で揚げてくれるので、その場で揚げたてが食べられるのだ。ジューシーで美味しいと評判で、学校帰りのさくら坂高校の生徒もよく利用している。

「……おいなりさんじゃないの?」
「いなり寿司もよいが、メンチカツはなおよし」

 今持っているレジ袋にはコンビニで買ったいなり寿司が入っている。なぜか、神様といえばいなり寿司が好きなのかと安易に思って買ってしまった。つまり、稲荷神社と勘違いした。

「じゃあ、次回はメンチカツにするよ」

 そこまで言って、私は言葉を切る。

「さくら様はいつもここにいるの? 時々出歩いているよね?」

 初めてここに来た翌日、学校でさくらを見かけた。ちょうど侑希が近くにいるときだったので、見られたのではないかと心臓が縮こまる思いだった。
 すとんと座って澄まし顔のさくらは、虹色の瞳でこちらを見ると、わずかに目を細めた。

「時折出かけるが、呼べば聞こえる。──祭りの夜は宴会じゃ」
「祭り?」
「夜空の花を愛でながら、友人の神々と酒を酌み交わす」

 『夜空の花』ということは、花火だろうか。
 この辺りでは八月の頭に、約五千発の花火を打ち上げる比較的大きな花火大会がある。当日は河川敷を中心にずらりと出店が並び、多くの人が訪れる。

「我も機嫌が上がるから、沢山の縁が結ばれる」
「へえ……」

 縁結びって、神様の機嫌のよさで決まっちゃうの? と、ちょっとした衝撃。でも、今日さくらと話して、とりあえず自分のやっている方向性が大きく間違ってはいないようだとわかってホッとした。
 
「また来ますね」
「辛口の日本酒もいいのう」

 さくらが誰に言うでもなく呟くのが聞こえたけれど、聞こえないふりをしてやり過ごす。

 残念ながら、未成年の私にお酒は買えないのですよ。それに、さくらはこんな子供の姿しているのに、お酒なんか飲んでいたら警察に補導されちゃいますよ。

    ◇ ◇ ◇

 夏休み前最後の週末となる金曜日、私は侑希とすみれ台図書館の自習室にいた。