「さーくーらーさーまー!」

 赤い鳥居をくぐると、小さな祠に向かって呼び掛ける。不意に空気がふわりと揺れた気がした。

「なにか用かのう?」

 さっきまでなにもなかった参道に忽然と現れたのは赤い着物を着た綺麗な女の子だ。黒く艶やかな髪の毛は腰までのストレートロング。初めて会った日にとても綺麗だと感じた瞳は、今日も虹色に煌(きら)めいて見えた。

 今日、私はさくらに会えると確信をもってここへ来たわけではなかった。だから、呼びかけてこうして現れてくれたことにホッとした。

「うん。さくら様が言うとおり、侑くんの恋愛成就のお手伝いをしようと思うんだけど、友達から聞いた『お互いのことをもっと知る』くらいしかアドバイスができないの。こんなので平気かな?」
「よきかな、よきかな」

 さくらは十歳にも満たないようにしか見えない見た目に反し、まるで昔話に出てくるおばあちゃんのような話し方をする。その見た目とのギャップに、思わず笑みを漏らした。

「本当はもっと協力できたらいいのだけど」
「人の縁など、なるようになるものじゃ」

 なるようになる、その方向性を変えたくて皆がさくらのところに来るんだと思うんだけど? という言葉はすんでのところで呑み込んだ。

「我に願っても、成就するか否かは結局、本人次第なのじゃ。例えば、資格試験合格を願われても、本人が全く勉強しなければ、我にもなんともしがたい」

 さくらは付け加えるように、そう言った。

 それはそうだろうなと思う。さくらは人が考えていることを読めるので、私の心の呟きが聞こえていたのかもしれない。

「よいか雫。人生とは偶然が積み重なっているように見えても、多くはその者の行動に裏打ちされた結果から成り立っている。多くの偶然は、その者がそれを引き寄せるように行動するから起こるのじゃ。それを引き寄せる努力を辞めた者には、どんなに願っても縁は結ばれない」

 私は首を傾げる。哲学じみた言葉は、わかるようでわからない。

 さくらはそれ以上話すつもりはないようで、すっくと立ち上がるとこちらへと歩み寄った。そしてレジ袋をまじまじと眺めた。

「以後のお供え物は、田中精肉店のメンチカツ希望じゃ」
「田中精肉店のメンチカツ?」
 
 きょとんとして聞き返す。