六人掛けの自習用机が八つほど置かれた自習室は、大体半分近くが埋まっている。どこかの高校の制服を着ている人もいれば、私服の大学生らしき人や会社帰りの社会人らしき人もいる。資格の勉強でもしているのかもしれない。
 テーブルの片側三席が空いている場所を見つけ、そこに鞄を置く。侑希は私のすぐ隣の椅子を引いた。

「何からやる?」
「私、数学苦手だから数学にする」
「了解」

 鞄から教科書とノートを取り出す。今やっているのは、少し複雑な二次方程式だ。

「雫はさ、文系と理系、どっちに進むの?」
「え? 決めてないよ」

 侑希は少し驚いたように目を見開く。

 さくら坂高校では、高校二年生の四月から理系コースと文系コースに分かれて授業が別々になる。その希望は高校一年生の二月頃に提出するのだ。
 まだ半年近くあるから決めなくていいと思っていたけど、侑希の表情に不安を覚えた。

「侑くんは決まっているの?」
「決めているよ。俺は理系コース。医学部に行きたい」
「医学部? お医者さんになりたいの?」

 初めて聞く話に私は驚いて、目を見開いた。

「うん。昔さ、俺が手首を骨折したの憶えている?」
「憶えているよ。中三の、部活で怪我したやつでしょ?」
「うん、そう。あのとき、お医者さんって凄いなって思ってさ。医学部だと金銭的に国立じゃないと無理だから、結構厳しいけど」

 侑希は苦笑する。
 中学三年生のとき、侑希は部活中に足を滑らせて手をついたタイミングで手首の骨を痛めた。家が隣だったから、通学鞄を持ってあげたりと色々してあげたのでよく憶えている。

 けど、医学部? 医者? 
 そんなことを考えていたなんて、全く知らなかった。

「侑くん、すごい!」
「すごくないよ。受けるだけなら誰にでもできるって。受かってから褒めて」

 侑希は照れたように目を逸らすと、鞄から参考書と問題集を取り出した。角が折れ曲がり、たくさんの付箋が飛び出したそれは、チラッと見ただけでかなりやりこんでいることがわかる。
 やっぱり、あの成績をとるのは並大抵の努力じゃ無理だよね、と思い知らされた。

 受かっても受からなくても、目標に向かってこうして努力できる侑希はやっぱりすごいと思った。なんだか、何も考えずに毎日をのうのうと過ごしている自分が少し恥ずかしい。