二人組の女子が顔を見合わせる。そして、ガタンと椅子から立ち上がった。

「ばっかみたい。一生幼なじみごっこでもしてろ。『侑くん』だって。キモイし」

 吐き捨てるように言われた雫が、悲しそうに目を伏せる姿が鮮やかに脳裏に焼き付いた。廊下に出た二人組は俺の姿を見てギョッとしたような顔をして、そそくさと逃げるように立ち去った。


 どれくらいそこに立ち尽くしていただろう。
 多分、時間にしたら数分もなかったと思う。ガラッと教室の扉が開く音がした。

「あれ? 侑くん、こんなところでどうしたの?」

 キョトンとした表情で、雫がこちらを見ていた。俺は慌てて表情を取り繕った。

「えっと、忘れ物したんだ」
「そうなんだ」

 雫は何も言わなかった。さっき、自分のせいで絶対に嫌な気持ちになったはずなのに、何も言わなかったのだ。

「雫は、どうかしたの?」
「私? 学級委員の連絡ノート書いていただけだよ。これを職員室に出したら帰ろうかな」
 
 古びたノートを見せながら、屈託なく笑う。ちょっとだけ釣り気味の猫みたいな目が、にこりと弧を描く。

 ──あれ、雫ってこんなに……。

 思わず胸を片手で押さえた。

「侑くん?」
「──これ、やる」

 咄嗟にポケットを漁って出てきたのは、ミント系のガム。自分でもなんでそんな行動をとったのかわからなかったけれど、とにかくポケットを漁って出てきたのはそれだった。
 それを一粒雫に手渡そうと差し出すと、雫は俺の動きに合わせるように自分の片手を差し出してきた。

 ついこの間まで同じくらいだったのに、久しぶりに見た雫の手は自分よりも小さかった。

「私、ミントのガム好きなんだ。へへっ、ありがとう」

 銀色の包み紙に包まれた小さな粒を見つめ、嬉しそうに笑う。その笑顔が目に焼き付く。
 
 ──雫って、こんなに可愛く笑う子だったっけ? 

 赤らみそうになる顔を隠すため、「ん。じゃあな」と小さく返事して教室へと駆け込んだ。

「うん。じゃあね」

 教室の外から、パタパタと遠ざかる足音が聞こえた。


 ◆ ◆ ◆


 金曜日の夜の図書館は、思いのほか人が多かった。