「え? うわっ!」

その柴犬は私に向かって一目散に走ってくると、まるで大好きな友人にでも出会ったかのように前足を上げて飛びかかってきた。そして、くんくんと匂いを嗅ぎながらぶんぶんと引きちぎれそうなくらいに尻尾を振る。
 
 か、可愛い!

 こちらを見上げるつぶらな瞳にキュンとしておずおずと頭を撫でてやると、その子は益々嬉しそうに尻尾を振った。しゃがんで目線を合わせると、顔をぺろりと舐められた。

「わわっ、ちょっと……」

 ものすごく人懐っこい犬だ。
 飼い主はどこに行っちゃったんだろう? 
 不思議に思っていると、パタパタと走ってくるような足音が聞こえた。

「きなこ!」

 そう言ってリードを片手に公園に飛び込んできた男の人は、犬と遊んでいる私をみて立ち止まる。私はそちらを見上げたけれど、ちょうど西日の逆光でよく見えなかった。眩しさに、思わず目を眇める。

「え?」

 私の二メートル位手前で、男の人は驚いたように立ち止まった。

「あ、勝手に遊んじゃってごめんなさい」

 私は慌てて立ち上がり、飼い主の男性にぺこりと頭を下げる。そして、顔を上げたときに息を呑んだ。
 男性は二十歳過ぎくらいだろうか。ラフなTシャツにジーンズを合わせ、片手には犬用の黒いリードを持っている。急いで飼い犬を追いかけてきたせいか、茶色い髪は少し後ろに乱れていた。

「あ、それは構わないんだ。……ごめんね、遊んでもらっちゃって」

 男の人が表情を取り繕ったように、にこりと笑う。

「きなこっていうんだ」
「きなこ? なんか、美味しそうな名前ですね」
「うん。彼女が名付けたんだ」

 男の人はそう言うと、きなこの頭を撫でて苦笑いする。きなこは嬉しそうに尻尾を振り、落ち着きない様子で私と男の人を見比べた。

「人懐っこい子ですね」
「こいつ、メスなんだけど女の人にはあんまり懐かないんだ。うちの家族と、彼女くらい」
「そうなんですか? 凄く人懐っこく感じるけど」

 私はきなこを見る。きなこは自分の話をされているのをちゃんと知っているのか、嬉しそうに尻尾を振ってこちらを見つめていた。私は男の人の方をそっと伺う。
 彫りの深い顔つきは、やや日本人離れしている。茶色い髪の毛は西日を浴びてまるで金髪のように見えた。

「……彼女さん、仲良しなんですね」