それは、先週から貼りだされている、八月の第一週に開催される花火大会のお報せだった。去年、どうやって雫を誘いだそうかと悩んでいるうちに雫が怪我をして出かけられなくなってしまった花火大会だ。

「今年は、好きな子を誘わないの?」

 雫が穏やかな声で、そう言った。

「誘いたいとは思うけど……」

 俺は言い淀む。

「うん、誘いなよ。花火大会の日ってね、縁結びの神様の機嫌がいいから、たくさんの御縁が繋がるんだって。侑くん、頑張れ」

 雫はそう言うと、にこりと微笑んだ。

 雫。俺が好きなのは……。
 伝えたいのに、あと少しの勇気が足りない。

 雫は空の星を眺めるように、顔を上に向けた。猫みたいにくりっとした目が、空を見上げたままパチパチと瞬く。少し伸びた髪が、さらりと肩から零れ落ちた。 
 つられるように見上げると、この季節には珍しい満天の星が広がっている。

 今度こそ、伝えよう。駄目でも、言おう。

 流れ星と天の川は見えなかったけれど、満天の星にそう誓う。

「なあ、雫」
「ん?」
「…………。なんでもない」
「なーに。変なの」

 雫はこちらを見てくすくすと笑う。その笑顔が、たまらなく可愛らしく見えた。

 きみの隣で、ずっとこの星空を眺めていたい。
 そんな小説の一節みたいな臭い台詞が浮かんだけれど、とうとう口にすることはできなかった。

    ◆ ◆ ◆

「おかーさん。変じゃない?」
「大丈夫よ。似合っているじゃない」

 鏡の前でくるりと回り、自分の姿を確認する。鏡の中の自分もくるりと体を回し、長い袖がヒラリと揺れた。
 藍色の地に艶やかな葵の花が描かれた浴衣は、先日購入したばかりの新作。
 仲良しの夏帆ちゃんに可愛い浴衣を着て一緒に花火を見に行こうと誘われ、新調したのだ。元々色白の肌が藍色に引き立てられて、いつもより明るく見える気がした。

「せっかくだから、髪の毛も可愛くしてあげる」

 お母さんがゴムやピン、ブラシを持ってきて、私は鏡の前に座るように促す。肩より少し下、鎖骨の辺りまで伸びた髪の毛をツーブロックに分けた編み上げにし、最後はお団子にしてピンでとめた。そこに、浴衣と一緒に買った白色の花飾りを飾ってくれた。

「あらー、可愛いわ。お母さんの若い頃にそっくり。ねえ」