薄暗い中、こちらに手が差し出されたのがわかった。

「え? いい! 大丈夫です」

 手を取られそうになり、私は咄嗟に両手を自分の胸の前で握りしめた。気恥ずかしさから、意味もなく言葉遣いまで丁寧語になってしまう。結果、触れられた手を振り払うような格好になってしまった。

「ん。じゃあ、気を付けて」

 侑希はそれ以上しつこくすることもなく、ゆっくりとビオトープの出口へと歩き始める。

 ちょっと惜しいことしたかな……。

 そんな考えがふと脳裏を過る。私は慌ててぶんぶんと頭を左右に振った。

 な、なに考えているの!

 侑希はただの幼なじみで、好きな子がいる。とても近いけれど、これ以上は近づけない存在。だから、これ以上を望んじゃだめだ。

 そう考えたら、急に寂しくなって、目の前の背中がとても遠く感じた。

   ◇ ◇ ◇

 その日の晩、私はふと人の気配を感じて目を覚ました。
 足元を見ると、いつぞやのようにさくらがいて、こちらを虹色の瞳で見つめていた。

「雫よ。縁結びの手伝いじゃ。また、ちょっと話してきてくれ」

 にこりと笑うさくらに、返す言葉が出てこない。手伝いとは、すなわち侑希の縁結びの手伝いだ。

実は、数日前から悩んでいたことがある。侑希の縁結びの手伝いを、もうやめたい。
 好きな子の話をするときの嬉しそうな侑希の顔を見るたびに、胸が引き裂かれるような気持ちになる。正直、もうこれ以上は辛かった。

「私……」

 ──私、もう、やめたい。

 そう言おうとしたけれど、その前に視界がぐにゃりと歪む。
 またどこかに移動する!
 そう思った私は、きつく目を閉じた。

 ◆ ◆ ◆

 もう深夜だというのに、ちっとも眠くならない。
 ベッドの上で寝返りを打ちながら、俺は今日何回目かわからないため息をついた。

「あー、わかんねぇ」

 ベッドの仰向けに倒れたまま、顔を手で覆う。

 ここ最近、雫の様子がおかしい。今日はついに、体が近づいたらあからさまに避けられ、転ばないようにと気を利かせて差し出した手は無残にも振り払われた。
 その場では平然とやり過ごしたけれど、実はかなり傷ついていた。

 昨年の夏以来、少しずつだけれど雫との距離を縮めていると思っていた。
 けれど、ここにきてあの態度。明らかに避けられている。