雨に濡れた窓から目を離し、机に向かうとコロンと置かれた物が目に入った。先日、さつき台駅にあるドラックストアに立ち寄った際にふと目について購入した、ピンク色の色つきリップだ。
キャップを開けてくるりと中を出すと、ほのかな桃の甘い香りがした。
手鏡を取り出して唇に乗せると、ほんのりと唇がピンク色に染まる。今はお化粧をする高校生も多いけれど、さくら坂高校では校則で通学時のお化粧が禁止されているため、私が普段化粧をすることはない。
ただ、先生に隠れてみんながやっているのがこの色つきリップ。それはほんの僅かな変化なのだけど、自分がぐっと大人に近づいたような錯覚に陥る。
──聡に可愛いって思ってほしいじゃん?
年始のセールに一緒に行った夏帆ちゃんが言っていた言葉を思い出す。
侑希は私のこの些細な変化に気が付くだろうか。気が付いたとしたら、可愛いって思ってくれるかな。
そんなことを考えて、私は慌てて頭を左右に振る。
侑希には好きな子がいて──。
冷静に考えて、私はとても勿体ない事をしたのかもしれない。
夏帆ちゃん達に「久保田くんから告白されて断った」なんてカミングアウトしたら、「なんでー! 勿体ない!!」と絶叫されてしまうだろう。
しかも、絶対に成就不可能な恋をして断ったなんて言ったら尚更だ。多分「失恋の痛みを忘れるのは新しい恋が一番なのに」なんて説得されてしまいそう。
私が断ったせいで、久保田くんも同じように傷ついたなんて、本当に恋心はままならない。
だからこそ、両想いというのはとてつもない奇跡に思えた。
◇ ◇ ◇
六月も下旬になったこの日、私は侑希と図書館に来ていた。
夏休み前には一学期の期末試験がある。二年生になってコース別授業になってからの初めての期末試験だから、なんとかいい点を取りたいと思う。
私は隣に座る侑希を窺い見た。
自分一人ではすぐに集中力が切れてしまうけれど、今まで侑希がいてくれたから頑張れた。
解けなかった問題が解けたときに「よくできました」と、まるで小学生にでも言うようににこりと表情を綻ばせる仕草が好きだ。きっと、小学生の妹に教えるのと同じ感覚なのだろうなと思う。
茶色の綺麗な髪が額に掛かり、問題集を見るために伏せた目を縁取る長い睫毛が揺れている。
キャップを開けてくるりと中を出すと、ほのかな桃の甘い香りがした。
手鏡を取り出して唇に乗せると、ほんのりと唇がピンク色に染まる。今はお化粧をする高校生も多いけれど、さくら坂高校では校則で通学時のお化粧が禁止されているため、私が普段化粧をすることはない。
ただ、先生に隠れてみんながやっているのがこの色つきリップ。それはほんの僅かな変化なのだけど、自分がぐっと大人に近づいたような錯覚に陥る。
──聡に可愛いって思ってほしいじゃん?
年始のセールに一緒に行った夏帆ちゃんが言っていた言葉を思い出す。
侑希は私のこの些細な変化に気が付くだろうか。気が付いたとしたら、可愛いって思ってくれるかな。
そんなことを考えて、私は慌てて頭を左右に振る。
侑希には好きな子がいて──。
冷静に考えて、私はとても勿体ない事をしたのかもしれない。
夏帆ちゃん達に「久保田くんから告白されて断った」なんてカミングアウトしたら、「なんでー! 勿体ない!!」と絶叫されてしまうだろう。
しかも、絶対に成就不可能な恋をして断ったなんて言ったら尚更だ。多分「失恋の痛みを忘れるのは新しい恋が一番なのに」なんて説得されてしまいそう。
私が断ったせいで、久保田くんも同じように傷ついたなんて、本当に恋心はままならない。
だからこそ、両想いというのはとてつもない奇跡に思えた。
◇ ◇ ◇
六月も下旬になったこの日、私は侑希と図書館に来ていた。
夏休み前には一学期の期末試験がある。二年生になってコース別授業になってからの初めての期末試験だから、なんとかいい点を取りたいと思う。
私は隣に座る侑希を窺い見た。
自分一人ではすぐに集中力が切れてしまうけれど、今まで侑希がいてくれたから頑張れた。
解けなかった問題が解けたときに「よくできました」と、まるで小学生にでも言うようににこりと表情を綻ばせる仕草が好きだ。きっと、小学生の妹に教えるのと同じ感覚なのだろうなと思う。
茶色の綺麗な髪が額に掛かり、問題集を見るために伏せた目を縁取る長い睫毛が揺れている。