「――――私……人の顔が分からないんです」


ペットボトルを持つ手が震え、中のコーヒーがチャプンと鳴った。



「え? 人の顔が分からない?」

「……相貌失認って知ってますか?」

「相貌失認?」

「以前、アメリカの有名な俳優も相貌失認だって告白して、驚かれたことがあったんです」

「ああ! 覚えてる! 確かに衝撃的な告白だったよね」

「……私も同じ相貌失認って障害があるんです」

「……」

「軽度か重度かって人によって違いはあるし、生まれ持っての相貌失認だと、それが障害だと気付かずに生活している人もいます」

「……だからさっき僕に会った時『何か用ですか?』って、初めて会ったような口ぶりだったんだね」

私はコクっとうなずいた。

「私は事故でこの障害を負って、今まで知っていた人の顔も突然分からなくなってしまった。友達も両親も……自分の顔も……」

「自分の顔も!?」

「はい。だから一気にすべてが怖くなった。いきなり誰かに声をかけられることも。それからずっと私は下を向いて生活するようになった」

「……」

「だって……声かけられても、その人が誰か分からないんだもん。どんなに考えても、考えても、誰だか分からない。相手にしたら、今まで会って話していたのに突然『誰?』って言われて、私ってすごく失礼な奴だって思うでしょ?」

私は苦笑いをし、先生を見た。


先生は無言のまま、うつむいている。


その姿を見て、やっぱり話さなければよかったと胸がギュッと痛んだ。