「降ります!」

私はそう言うと、目の前に壁のように立ちはだかる人たちの間をくぐり抜け、電車のドアの外へ飛び出した。

その瞬間、すれ違った人からフワリと香った……今にも消えそうな淡い柑橘系の香りに驚き、閉まるドアへ振り返った。


「……」

このライムの香り……。


走り出した電車のドアの前に立つ男性と目が合った。


『駅着いたよ』


きっと、私に声をかけてくれた人。

私は走り出した電車をずっと見つめていた。


あのライムの香りに覚えがあった。


ずっと恋心を抱いていた人……。


話すことも出来なかった。


ただ、見つめていただけ。


目が合えば体が震えるようなドキドキを感じ、その瞬間のために生きているんじゃないかと思うほどの胸の高鳴りを感じていた。


その想いを……


あの日以来


私は封印したんだ――――。