以前の私なら、なんのためらいもなく席を譲ることなんて簡単に出来ていたのに……。
人の視線が怖くて、顔も上げることが出来なかった。
その時……。
「駅着いたよ」
私に向け声をかけてくれた人。
あの時、すれ違ったその人からも同じライムの香りがした。
絶対、同じ香水。
間違いはない。
障害を負ってから、人の顔が認識出来ない分、何かで補わなければ……という思いからか、嗅覚は強く敏感になったと思う。
その他にも誰だか分かるように、その人の特徴を覚える力も増した気がする。
顔のパーツはなんの役にも立たないから、髪型やホクロの位置、身長、体の大きさ、手の大きさ、その人のクセ、声、色々なことに敏感になった。
その分大きな音はちょっと怖い。
エー子はさすがに付き合いが長いから、足音でエー子の存在が分かるようになった。
私がエー子を見つけるのが困難な時は、エー子の方から必ず名前を呼んでくれる。