「ぷっ……」
先生が吹き出したのを見て私とエー子は動きが止まった。
「わかった、ありがとう。羽田 美月さんだね、覚えておくよ」
そう言って先生は笑いをこらえていた。
あ……。
この時またフワッと香った、このライムの香り……。
あの時、電車の中で私を助けてくれた人。
その人からも同じ香りがしていた……。
いつものように一人で電車に乗る時は、本に夢中になる。
誰かに声をかけられないように……何も気付かないよう、本を見つめうつむく。
それがいつもの私だった。
あの時もそうだった……。
本に夢中になり、目の前に立つお婆さんに気付かなかったんだ。
どこからか聞こえるヒソヒソ声……。
「あれ、中央学園の羽田美月じゃない?」
「えー?」
「席、譲ってあげればいいのに」
「気付かないんじゃない。本読んでるし」
それが私に向けられた言葉だと、すぐに気付いた。
でも立ち上がることが出来なかった。
立ち上がることが怖かった……。