「それじゃあ、僕は帰ります」

「あ、先生ありがとう」

慌ててお礼を言うと、来た道を戻ろうとしていた先生は振り返り、小さく手を上げた。





「美月……」

「え?」

「あなた、幼稚園でバイトなんて言ってなかったじゃない」

「え? そう? 言ったと思ったけど」

私は聞き流すように返事をすると、そのまま玄関に入った。



「言ってないわよ!」

突然の怒鳴り声に驚き振り向いた。


「……どうしたの……?」

お母さんがそんなに声を荒げるなんて……。


「……」

うつむくお母さんの顔。

あきらかにいつもと様子が違う。



「……お母さん?」

「そのバイト……辞めることは、出来ない?」

「え!?」

意外な言葉に驚く。


「……うん、もう辞めることは無理だと思う……エー子に悪いことしちゃうし。それに、たった5日間だし……」

「……そう……よね……」


お母さんは再びうつむいて、キッチンに入っていった。


「……」

お母さん?


なんで?って聞きたかったけど、お母さんのあまりにも落ち込んだ様子に、それ以上聞くことが出来なかった。

その後も、お母さんの様子はなんとなく変わったままで、口数も少ないし、何かを考え込んでいるように見えた。

それでも幼稚園のバイトは今さら辞められない。

圭先生に会えるかもしれないという思いもあったけど、障害を負ってから、もう二度とバイトは出来ないと思っていたから、どうしても最後まで頑張りたいという思いが強くなっていた。