再び、良一は、あたしのほうに手を伸ばしかけた。大きな手のひらの感触を思い出して、あたしは息を呑む。体がビクッと跳ねた。

 良一は手を下ろした。
「ごめん」
 傷付いた目をする良一を前にして、ようやく、あたしは呼吸の仕方を思い出した。声を出せるようになった。

「意味がわからない。こんなこと言って、何になるの?」
「言いたいから言った。面と向かって言うには今しかないと思ったから、眠らずにずっと、結羽がギターを持って外に出るのを待ってた。結羽は、遠距離恋愛って無理?」
「は?」

「いや、結羽は東京に出てくるよな。オーディションにパスして、音楽をやるために、上京してくるんだろ。そしたら、おれはもう結羽と離れずに済む」
「何言ってんの?」
「おれと付き合ってください。今は遠距離ってことになるけど、おれ、結羽しか見てないから」

 良一の声が震えた。喉が狭まって細い声しか出せないときの震え方ではなかった。喉が勝手に暴れて叫んでしまいそうなのを、どうにか抑え込んでいるときの震え方だった。
 あたしはかぶりを振った。

「誰かと付き合うつもりはない。あたしは歌うことにしか興味ないの」
「おれは、結羽の音楽活動を応援する。歌ってる結羽が好きだ。付き合うってことがピンとこなくても、今はそれでいい。正直、おれもよくわかってない。でも、おれが結羽を好きなのと同じくらい、結羽がおれを好きになるように、おれ、努力するから」

「努力って、何それ?」
「もっと活躍してみせる。小近島のためにも、自分自身のためにも、誰にも恥じない仕事をしてみせる。ほかの誰にもできない仕事、おれにしかできない表現活動を実現してみせる。だから、結羽、おれのカッコよさをちゃんと見て、認めてよ」

 良一は賢い。あたしの胸に刺さる言葉を、きちんと理解して選んでいる。
 胸の内側で何かが揺れかけた。あたしの音楽活動を、同じような立場から応援してくれる人は、身近にいない。孤独だと感じることがある。こういうときはどうすればいいのかって、悩みを吐き出せる場所がない。

 いや、ダメだ。
 必死の思いで、自分自身を支える柱を、まっすぐ建てようとしているんだ。ちょっと手を離したら、違う柱に寄り掛かることを覚えてしまったら、自分自身の柱はあっけなく倒れてしまう。あたしは一人で立てなくなってしまう。