和弘がカメラの向こう側から言った。
「結羽ちゃんが難しか気持ちでおること、知っとったよ。卒業式のときに言いよったやん」

「あたしが? 何か言った?」
「結羽ちゃんのおかあさん、あの日、岡浦小の卒業式やったけん、真節小に来られんかったろ。結羽ちゃん、そのこと、笑いよった。教頭先生が卒業式の司会ばするけん、おかあさんはおらんでも平気、って」

 そう思っていたのは事実だ。運動会も授業参観も、母は自分の学校の何かと重なって、あたしのほうに来られなかった。あたしにとってはそれが普通だった。真節小には父がいる。母にまで来てほしいと言うのは、わがままが過ぎる気がした。

「あんたにそんなこと言ったっけ?」
「お、記憶力抜群の結羽ちゃんが、珍しく覚えとらんそうです。聞いたよ、おれ。結羽ちゃんがもうすぐ引っ越すっち知って、一秒でも長く話しとこうっち思っちょったけんさ。卒業式の日とか、ずっと一緒におったし」

「スカートをからかわれたのだけは、すごいよく覚えてる」
「似合うっち言うた」
「からかわれてるようにしか聞こえなかったよ、バカ」

「結羽ちゃんさ、泣かんやったろ? 卒業式でも、閉校式でも、引っ越しのフェリーに乗るときも。おれ、全部、泣いたとに。何か悔しかった」
「あっそう」

 あたしは、カメラからも和弘からも顔を背けて、ギターをケースにしまった。急に、気まずさが込み上げてきた。さすがにしゃべりすぎだ。あたしはギターを背負って、顔を背けたまま、和弘のほうに右手を突き出した。

「カメラ。撮影、あたしがやるから」
「おれにやらせてよ。結羽ちゃん、後でまた弾くやろ。どっちみち、そのときはおれが撮影ば代わるつもりでおったし」
「映されるの、好きじゃないんだけど」
「良ちゃんメインで撮るけん、結羽ちゃんは気にせんで」

 ああ、もう面倒くさい。
 あたしは和弘の背中側に回った。この位置なら、和弘も映しようがない。あたしの意図を悟ったらしく、横顔で振り向いた和弘が、小さく笑った。あたしがにらむと、和弘は肩をすくめて前を向く。

 和弘の肩は、ずいぶん広い。筋肉質な腕は太くて、首筋もがっしりしている。知らない男の人がいるって、良一や和弘に対して何度も思ったことを、また思った。

「じゃあ、次、行こっか」
 良一が合図して、あたしたちは音楽室を離れた。