体育館を出て、踏み板のなくなった渡り廊下を通って、児童玄関から校舎に入った。埃っぽくて蒸し暑い。児童数よりもはるかに多かった下駄箱は、そのまま残されていた。傘立てもあった。

 真節小の廊下は、板張りじゃない。砂や埃で白く覆われた廊下は、くすんだ濃いピンク色をしている。良一はしゃがみ込んで、汚れた床に触れた。
「大理石だよね、これ。梅雨とか台風とかのとき、すごい滑ったよな」

 廊下の真ん中には、ペンキで白線が引かれている。昔は、白線の上に点々と、特別教室用の四角い木の椅子を彩色したものが花台として置かれていて、「廊下を走るな、右側を歩け」の標識になっていた。

 玄関から入って、右手の奥にあるのが理科室だ。机も椅子も、理科準備室の棚も、何もかもなくなっている。ホルマリン漬けか何かの薬品っぽい匂いは、かすかに残っている気がする。

 和弘が顔をしかめた。
「おれ、理科準備室、嫌いやった。ホルマリン漬けの魚とか蛇とか、いろいろ置いてあったろ? あれが、ざまんごて嫌いで」

 良一が賛成する。
「おれも苦手だった。理科っていうより、家庭科だよ。この学校、家庭科室がないだろ? なぜか理科室で調理実習してて、調理用具の棚の向かいにホルマリン漬けがあったよな。包丁を取り出して振り返ったら、瓶の中の魚と目が合って、怖かった」

 このへんだったっけ? と、良一がいい加減な場所に立つ。あたしはカメラを持ったまま、奥のほうを指差した。
「そこじゃない。あと三歩くらい奥。そのへんに置いてあったのは、リトマス試験紙とか、ヨウ素液とか」

「え、結羽、そこまで覚えてるの?」
「在庫のチェック、したことあるの。理科の実験用具はボロすぎて、目も当てられなかった」
「まあ、確かに。理科の実験はビデオを観るのが多かったな。実際に手を動かしてみたかったけど、そんなに使い物にならなかったんだ?」

「リトマス試験紙は湿気てて反応しないし、ヨウ素液も変質してダメだったし、アルコールランプは中身が蒸発してたし、ビーカーは目盛が消えてたし、ピペットはゴムが破れてたし。でも、もうすぐ閉校する学校が新しいのを買えるわけもないでしょ?」

 明日実が笑って反論した。
「でも、生物の実習は、よその小学校よりちゃんとしちょったよ。花壇で野菜ば育ててカレー会ばやったり、近所のばあちゃんちの芋畑ば手伝ったりもした」

 ああ、と良一がうなずいた。
「学校でも畑仕事をしたし、教会の花壇や畑もいじった。植物って、かわいいんだよな。台風のときは、無事でいてくれって、必死で祈ったよね」
「うち、てるてる坊主もよく作りよったよ。なつかしか」