あたしは「あたし」のことしか唄にしない。でも、一曲だけ「あたし」じゃなくて「あたしたち」を歌ったことがある。よっぽどじゃないと気付かないだろうけど、歌詞にたった一行。

「八つのきらめき 海を映して」

 あれは、四人ぶんの瞳の数だった。ずいぶん前に書いた唄。lostmanという名の良一は、案の定、そこに触れなかった。あの唄はあんまりコメントが多くなくて。
 でも、律儀に全部の唄にコメントを付けるKzHは、あの唄にも書き込んでいたな。「恋なんてずっと知らないよ」っていうサビの歌詞に反応して、真顔で言うみたいに、絵文字も記号も使わずに。

〈KzH|初恋の人がそういうタイプだった。態度にしろ言葉にしろ、ハッキリそれを出されたら、ダメージでかいよ〉

 何かあったのかなって、さすがにちょっと気になった。コメントに返信してみたら、話ができたんだろうけど。
 関係ない、関係ない。あたしには、他人の人生なんて、これっぽっちも関係ない。あたしは勝手に唄を歌うし、聴きたい人は勝手に聴くし、書き込みたい人は勝手に書き込む。そのくらいの風通しがあるのが、あたしにはちょうどいい。

 そのときは、そうやって、人とからまないことを貫いた。でも、印象は焼き付いた。あの唄を歌うたびに、今もここで歌いながら思い出しているように、あの「ダメージでかいよ」が頭をよぎる。これはそんなに痛々しい唄なんだと、あの言葉を通じて知った。
 言葉というのは、やっぱり、交わされるために存在するのかな。あたしが紡いでいる、唄という形の言葉は、このままじゃ半透明なのかな。

 あたしは、ギターを弾いて歌い続けた。良一はずっと、すやすや眠っていた。
 星座の位置が変わる。潮がどんどん引いて、やがて止まって、今度は少しずつ満ち始める。真夜中よりも明け方が、いちばんひんやりしている。空気がしっとりと露を帯びる。夜が朝に近付いていく。