◯
「疲れた……」
ひとりトイレに逃げ込んで、わたしは深い息を吐いた。あの場所にいる間、ずっと息が止まっていた気がした。
憧れの存在を前にして、普通に喋っていられる来海を尊敬する。
目の前の曇りなく磨かれた鏡に映るじぶんは、いつもより何倍も地味で情けない顔をしているように見えた。
そのときーー
「愛音ちゃん、みーっけ♪」
開いたドアから、乃亜さんがひょこっと顔を出した。
「あ……」
『どっか行ってよ。ジャマだから』
そう言われたのを思い出して、わたしはそそくさと入れ替わりで出ようとする。
けれどーー、
「ねえ」
ガシッと肩を掴まれてしまった。
「あんたさあ、どういうつもり?」
くるりと上向きにカールしたまつ毛の下、大きな瞳。ハッとするくらいきれいな顔。だけどそこには、さっきまでの眩しい笑顔はなかった。
「どういうって……」
「どういうつもりで慧といるのかって聞いてんの。黙ってようと思ってたけどほんと目障り」
「わたし、は」
言いかけた言葉が、喉の奥でつっかかる。
ーーどういうつもりなんだろう。