駅のホームで、わたしは一点に目を留めた。

ーーいた。

人混みのなかで、わざわざ探さなくたって、そのオレンジ色の頭はすぐにわかる。

だけどじぶんから声をかけるのはなんだか恥ずかしくて、

「よ、愛音」

と広瀬くんが言って、わたしはたったいま気づいたかのように目を合わせる。

待ち合わせなんて一度もしたことはないけれど、いつもおなじ時間、おなじ場所で、きみと会う。

最初は鬱陶しいと思っていたのに、わたしの名前を呼ぶその声に、いまではホッと安心する。

だけどそんなことを正直に言えるはずもなく、

「今日は怒ってないんだな」

ニッと笑う広瀬くんに、

「だからいつも怒ってるわけじゃないってば」

わたしはいつもみたいに、やっぱりぶっきらぼうに答えてしまう。

いつもーーそう、いつも。

最初は不思議で仕方なかったのに、いつの間にかそんなこと考えるまでもないくらい、一緒にいるのが日常になりつつあった。

あまりにも普通にしているから、忘れそうになってしまう。

数日前に、きみが言ったこと。


『おれ、難聴なんだ』


いつもかぶっているニット帽、明るく染めたオレンジ色に隠されたふたつの耳。

そこには、見慣れないものがあった。

アクセサリーでも、イヤフォンでもなく、耳に入ってくる音を補うものだった。


『これがないと困るんだ』


そう言ったきみは、怪我だらけの顔でいつもみたいに笑っていたけれど、心も傷ついているのが、わたしにはわかった。

だから、悔しかったし、悲しかった。