「ほんとは、ライブなんて耳に負担かかるから絶対にダメだって止められてたんだ」
と広瀬くんは苦笑しながら言った。
「だから、ライブ中は耳栓してて、まったく音が聴こえてなかった」
「え。嘘……」
信じられなかった。
あの大音量が、聴こえてなかった……?
「指で完璧に覚えるために、家で必死に練習したんだ。すごいだろ」
冗談みたいにきみは笑って言うけれど。わたしは、驚きと動揺でとても笑っているどころじゃない。
「すごいよ……でも、なんでそこまで……」
音が聴こえない状態で、人にたくさん見られるステージに立つなんて。
きっと、想像もつかないくらいたくさん練習して、でもそんな様子ちっとも見せなかった。
「憧れてたんだ、こういうの」
と広瀬くんは照れたように言った。
「おれ、子どもの頃から音楽大好きだったからさ。いつかバンドやりたい、ステージに立ちたいって、ずっと思ってた。そしたら、人数合わせに頼まれて。そいつはおれが難聴って知ってるから、エアーでいいから、立ってるだけでいいから入ってくれ、音はなんとかするからって」
でもーー、
「ずっとやりたかったことを、難聴のせいで断ったり、手抜きしたりするのは嫌だった。だから、家で毎日必死に指の動き覚えたんだ」
指の動きを覚えたって……。
いったいどれだけ練習すれば、そんなことができるんだろう。
ちょっと練習したっていう程度じゃないことはわかった。
でも、まったく音が聴こえなくて、指の動きだけで弾いていたなんて。
「まあ、調子乗ったせいでこんなことになってんだけどな」
と傷だらけの顔で、笑ってみせる広瀬くん。
わたしは、胸の奥がギュッと掴まれたように苦しかった。
そうかーー
上谷くんが言っていたのは、そういうことだったんだ。
『アイツ、いろんな意味で目立つから』
その通りだと思う。良くも悪くも、広瀬くんは目立つ。それは、見た目が派手というだけじゃなくて。
広瀬くんはきっと、たくさんの人に好かれる人だ。きみがそこにいれば、周りの人も自然と笑顔になってしまう、そんな力がある。
だけど、みんながそうなわけじゃない。なかにはよく思わない人もいる。
その理由を、難聴という障害のせいにする人も。
じぶんと違う人を遠ざけて、見下して、暴力を振るう人だって、悲しいけれど、いるんだ。
ーー悔しかったんだ。
だから、無理してでも普通の人とおなじようにしたかったんだね。
きみがいままでどれだけ人の心ない言葉や視線に傷ついてきたか、わたしには、想像もできないけれど。
でも、じぶんと違う人に対して、理解しようともしないで、簡単に偏見や軽蔑の目を向ける人なら、たくさん知っている。少し前のわたしも、そうだった。
そういう偏見の目に、きみは、きっと、これまでに何度も何度も、傷ついてきたんだ。