電車がきて、ドアが開く。金曜日の夕方だからか、今日はいつもより混んでいた。
緩やかに動きだす電車に揺られながら、なんとなく、隣の広瀬くんに、ちらりと目を向けた。
わたしより10センチくらい上にある、きみの横顔。
明るいオレンジ色の髪の下、整った顔立ち。
絶対に関わることなんてないと思っていた人。
だけど、いまはーー
「愛音?どうかした?」
ふいに呼ばれて、ハッとした。
「ううん、なんでもない」
わたしはぶんぶんと首を振って、慌てて話題を探す。
「あ、そういえば、広瀬くんが言ってたバンドの曲聴いたよ」
「ほんと?どうだった?」
「めちゃくちゃだったけど、カッコよかった」
「だろ?歌詞とか意味不明だけど、カッコいいんだよなあ」
広瀬くんは音楽の話になると、ほんとうに楽しそうに笑う。
わたしが知らないことは、まだまだたくさんある。
広瀬くんと出会うまでは、知らなかったこと。知ろうともしなかったこと。
だけど、くだらないことなんて、ひとつもなかった。
きみが見ている世界を少しずつ知っていくたびに、単調だったわたしの毎日が動きだす。少しずつ鮮やかになっていく。
戸惑いもあるけれど、いまはその変化が、なんだかワクワクして、楽しかった。