「よ、愛音」

駅のホームで、広瀬くんがわたしの名前を呼んだ。

いつものニット帽に鮮やかなオレンジ頭は、人が多い場所でもすぐにわかる。

約束なんて一度もしていないのに、ほんとうによく会う。

ーーもしかして待ってた?

そう思いかける心を、慌てて打ち消す。

たまたまに決まってる。広瀬くんがわたしを待つ理由なんてないし。

「愛音、明日来てくれるんだって?」

広瀬くんが目を輝かせて言う。

やっぱり、もう伝わっていた。

「うん、……友達に頼まれて」

「そっか」

と広瀬くんは嬉しそうに笑う。

「じゃ、明日は頑張んなきゃな」

「ていうか、前日なのに練習とかしなくていいの?」

「いいんだよ、ノリだから」

「はぁ……」

度胸があるのか、なにも考えていないだけなのか。たぶんなにも考えいないほうだと思うけれど。わたしがもし人前に立つことになったら、前日は徹底的に満足いくまで練習するだろうし、そもそもそんな場所には立たない。


ーーわたしが絶対にできないようなことを、広瀬くんはきっと、軽々とやってのけちゃうんだろうな。

呆れる反面、少しだけ羨ましい気持ちにもなる。

「えっと……まあ、頑張って?」

「なんで疑問形だよ」

そんな風に言ってからからと笑う広瀬くんは、やっぱり緊張感のかけらもなくて、慣れない予定にひとりで緊張しているわたしがばかばかしくなった。