わたしたちは広い公園を歩いてまわった。どこに向かっているでもなく、ただ散歩コースを一周しているだけなのに、さっきよりも確かに、前に進んでいる気がした。

静かな場所だった。街の喧騒から離れた、静かな場所。だけどまったくの無音ではなく、風に揺れる木の葉の音や、どこかから聴こえる鳥の声に心が安らいだ。

空が夕焼けに染まるこの時間、人はまばらで、みんな誰の目を気にすることもなくゆったりと歩いたりベンチで休んだりしている。

トンネルみたいな木々の隙間から夕日が差し込んで、紅葉をはじめている葉っぱをさらに濃い紅に染めている。そこに立っているだけで、なんだかすごく神聖な気持ちにになる。

わたしは両手を広げて、この澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「気持ちいい」

「気に入ってもらえてよかった」

と広瀬くんが嬉しそうに言った。

「なんとなくぶらぶら歩いてて見つけたんだ。それから、なんか嫌なことがあると、ここにくるようになった」

「広瀬くんでも嫌になることがあるの?」

「あのさ、俺のことなんも考えてないバカだと思ってない?」

「お、思って、ないよ?」

たじろぎながらそう言うと、広瀬くんがぶはっと吹き出した。

「愛音、嘘ヘタすぎ」

「ご、ごめん、だって広瀬くん、悩みとかなさそうだし」

「これでも悩み多き年頃なんだよ」

「あはは、似合わないね」

「さらっとひどいこと言うなぁ」

広瀬くんが傷ついた顔をするから、わたしはごめんごめん、とまた笑った。

「やっぱり、愛音は笑ってたほうがいいな」

「……そういう恥ずかしいことサラッと言わないでくれる?」

そう言いつつ、でも、じぶんでも驚いていた。

なにも考えず、誰にも気を遣わず、声を出して笑えたのはいつぶりだろう。笑っているつもりでと、いつも、どこかで誰かの顔色を伺っていた。

思い出せないくらい長い間、わたしは心から笑っていなかったんだ。