事務室を出て、階段に向かう足が、ふいに重くなる。

ーーまただ。

また、あの感覚が、戻ってくる。それはそうかと思う。少し休んで落ち着いても、結局、状況はなにも変わっていないのだから。

と、隣を歩いていた広瀬くんがふいに足を止めた。

「そうだ、これからどうする?」

「へ?」

言っている意味がわからなかった。

「どうするって、帰るんじゃないの……?」

「でも、愛音はまだ帰りたくないんだろ」

「え……」

「違った?」

心のなかを覗き込むようなまっすぐな視線に、わたしは言いかけた言葉を呑み込んで、ゆるゆると首を振る。

ーーそんなこと、あるよ。その通りだよ。

隠したいのに、なんで、気づくの。

わたし、そんなにわかりやすい顔してたかな。

「やっぱり。愛音から話を振るなんて珍しいからな」

サラリとそんなことを言う。鋭いのか鈍いのか、やっぱりよくわからない。

そのまっすぐな眼差しで見られたら、なんでも見透かされてしまう気がする。初めて会ったときから、嘘をつけなかった。だから突き放すようなことを言った。

だけど、いまはーー


「……家に帰りたくないって、思ったの」

わたしは、ぽつりとこぼした。

わたしたちの横を、何人もの人が通り過ぎていくけれど、いま、わたしの声を聴いているのは、広瀬くんだけだ。どうしてか、いまなら、きみになら、話せる気がした。


「そうしたら、急に頭のなかで変な音がして、怖くてーー」


広瀬くんは少し顔をしかめて、それからわたしの顔を覗き込む。

「いまも、怖い?」

「……少し」

少し、なんて、強がりだ。

ほんとうはここから一歩も動きたくない。帰りたくない。さっきみたいに、またあんな風になったら、そう思うと、前に進めなくなってしまう。