帰り道、広瀬くんの姿はどこにも見えなかった。


『愛音!』


昨日みたいに、またそうやって名前を呼ぶ声が聞こえてきそうな気がしたけれど、そんなはずがないことはわかっていた。

ホームの壁際に立って目の前を通り過ぎていく人の流れを眺めながら、ぼんやりと考える。

いつも通り電車に乗って、家に帰る。

あのひどく不自然で、冷たい家に。


ーー帰りたくないなぁ。


ふと思って、そのことに驚いた。

家に帰りたくないなんて、いままで、思ったことはなかった。家にいるのがどんなに息苦しくても、そこがわたしのいちばんの居場所だったから。

だけど、初めて、あの場所から逃げたいと思った。

そんなことを思うじぶんを誰かに引き止めてほしかった。わたしの名前を呼ぶ声を探した。そうすれば、家に帰る時間を少しでも先延ばしにできる。

ーーそんなこと、あるはずないのに。

わたしの名前を呼んでくれたあの人を、じぶんから突き放したくせに、あまりにも都合のいい考えに笑いたくなる。