それにーー


『愛音』


わたしの名前を、あんな風に温かい声で呼んでくれるのは、きみだけだった。

わたしはきみのことをほとんど知らないけれど、それでもきみの声で呼ばれるわたしの名前は、なんだか懐かしくて、心地よくて、嬉しかったんだ。

いまさらそんなことを思うなんて、わたしはどうしようもないバカだ。

きみはもう、わたしに二度と話しかけてくれないかもしれないのにーー


「倉橋さん、どうした?元気ないよ?」

来海が心配そうにわたしの顔を覗き込むから、

「……ううん、なんでもない」

わたしは慌てて笑顔をつくったけれど、やっぱりぎこちない顔になってしまったかもしれない。

「そう?なんかあったら相談してね?」

「うん、ありがとう」


ーー言えるわけがない。


きっと、彼女なら、こんな嘘はつかないだろうから。じぶんに自信があるから、取り繕う必要なんて、どこにもないから。

“なんでそんなくだらないことで悩んでるの?”

って、笑われるに決まってる。