じぶんの部屋に戻って勉強をする。

部屋にいると、部屋の外の音はなにも聴こえなくなる。おなじ家にいるのに、家族がここにいる音も、会話も、聴こえない。

この家にじぶんがひとりでいるような心もとない気持ちになる。

できることならーーどうしようもないとわかっていても、願わずにいられなかった。

できることなら、戻ってきてほしかった。まだ少しでも戻れる希望があるなら、わたしになにか、たとえ小さくてもできることがあるのなら、なんとかしたかった。

この苦しくてどうにもならない状況を、変えたかった。

だけどわたしは、そんな方法は知らない。

わたしが得意なのは、勉強だけだった。だからせめて、得意なことだけは頑張ろうと思った。

わたしが頑張れば、お父さんとお母さんは、いつも喜んでくれたから。

『すごいね、愛音』

『愛音はわたしたちの自慢の子よ』

そう言って、頭を撫でてくれたから。

優しかったあの声は、もうどこにもない。

わたしは医者になりたいんじゃない。そんなことより、ただ、2人に喜んでほしかった。笑ってほしかっただけなのに。

だけどーー、ほんとうは、もうとっくにわかっていた。

わたしがどれだけ頑張っても、もうあの頃は二度と戻ってこない。

昔に戻れる希望も方法も、そんなものもうどこにもないんだって、ほんとうはずっと前から、わかっていたんだ。