「ただいま」

わたしは玄関のドアを開けて言った。

返事はなかった。リビングを覗くと、お母さんが料理をしているところだった。

「おかえりなさい」

お母さんが振り返って言って、

「テストの結果はどうだったの?」

真っ先に、そう尋ねてきた。

「いつも通りだよ」

わたしは鞄から答案用紙を取り出して見せた。

お母さんは受け取って、満足そうに微笑む。

「次回も頑張ってね。あなたは将来、医者になるんだから」

「うん。頑張るよ」

わたしは笑顔をつくって答えた。

ぎこちない笑みになってしまったけれど、どうせお母さんはわたしの顔なんて見ていないから、どうだってよかった。

じぶんの部屋で、部屋着に着替えながら、わたしはため息を吐く。

『次回も頑張ってね』

そう言ったお母さんは、わたしの目なんて見ていなかった。

お母さんが見ているのは、家の跡継ぎとしての“わたし”だ。

うちはひいおじいさんの代から病院をやっていて、最初は町の小さな病院だったらしいけれど、三代にわたって少しずつ大きくなってきた。お父さんの次は、必然的に一人娘のわたしが後を継ぐことになる。

ほんとうは子どもは男の子がほしかったことも知っているけれど、こればっかりはどうしようもない。

『あなたは大事な一人娘だから』

『将来はうちの病院を継ぐんだから』

嫌になるくらい、何度も繰り返し言われてきた。

わたしの将来は、生まれたときから1つしかなかった。選択肢なんて用意されていなかった。

わたしは医者になりたいなんて、言ったことも思ったこともないのに。

ほかにやりたいことがあるわけじゃない。だけど、選ぶ自由くらいほしかった。何にでもなれるほかの同級生が羨ましかった。

わかっているつもりだった。わたしに選ぶ自由なんてないし、わたしの意思も関係ない。

だから、考えることなんて、無駄なだけなのに。