こんなはた迷惑な奴は無視してさっさと歩きだそうとしたそのとき、
「あれ、倉橋さん?」
聞き覚えのある声2呼ばれて、振り向いたわたしは硬直した。
「……牧瀬さん」
そこには、学校指定の鞄と部活用のバッグを肩からかけた来海が立っていた。
「なんで……ぶ、部活は?」
「今日コート使えなくて、休みになったんだー」
長い黒髪を後ろに流しながら、それより、と首を傾げる。
「そのひと、誰?知り合い?三高の人?」
触れられたくないことを一気に訊かれて、暑くもないのに背中に冷や汗が伝った。
『無視したよー、当たり前じゃん』
『だよねぇ。バカはバカ同士遊んでろっての』
昼間の会話が頭をよぎる。
三高の生徒と一緒にいたなんて知られたら、わたしまで変に思われてしまう。
「……ち、ちがう」
考えるより先に、否定の言葉がこぼれた。
「えっ、ちがうの?」
と、不思議そうにする来海。
それはそうだ。じゃあわたしの隣にいるニット帽にオレンジ頭の奇抜な男子は誰なんだという話になる。
でも、とっさの言い訳も、まるで思いつかなくて。