◯
「バイバーイ」
「うん、また明日」
わたしは来海たちに挨拶をして、教室を出た。
いつも通りどこにも寄り道せず、まっすぐ家に帰る。
ーーそのつもりだったのに。
「愛音!」
駅に向かう途中で名前を呼ばれて、つい立ち止まってしまった。
声の主の正体は、振り向かなくてもわかった。
広瀬慧。
人がたくさんいても、不思議なほどよく通る声。だから余計に、こんな人通りの多い通りで呼ばないでほしいんだけど。
「いま帰り?」
見ればわかるでしょ。
「おーい愛音。聞いてる?」
聞いてるよ。無視してるのわかんないかな。
「愛音っていつも怒っだ顔してるよな。笑えばかわいいと思うんだけどなぁ」
……ああ、もう。今日こそ無視を決め込むつもりだったのに。
わたしはくるりと振り返って、その鮮やかなオレンジ頭を睨みつけた。
「いつも怒ってるんじゃなくて、あなたが怒らせてるの」
そもそも、会って2度目でいつもとか言わないでほしい。頻繁に会っているみたいで不快だ。
「あ、そうなの?ごめんごめん」
そう言いながら、ちっとも悪いと思っていない様子。
「……あの、わたし、あなたとどこかで会ったことありましたっけ」
「えっ、なに、逆ナン?」
「ちがうっ!」
だってやけに馴れ馴れしいし、もしかしてそうなのかなって、ほんの一瞬思ったけれど。
ないよね。偶然だ、偶然。