「おれ、逃げたんだ。だんだん聴こえなくなるのがわかるから。いつか突然、なにも聴こえなくなるんじゃないかって、怖くて、逃げたんだ……」
ーー目を覚ましたくないんじゃないか。
やっぱり、怖かったんだ。
そりゃそうだよね。だんだん音が聴こえなくなる。いつか突然、その日が来るかもしれない。その日をビクビクしながら待つ気持ちーー
きっと、想像を絶する怖さと不安に違いない。
「愛音のことも、たくさん考えた」
「わたしのこと……?」
きみは小さく頷く。
「こんなおれと一緒にいていいのか。愛音は優しいから、無理して一緒にいてくれるんじゃないか。障害のあるおれがそばにいたらダメなんじゃないかって、ずっと、そんなことばっか考えてた」
「……わたしのことなんて、そんなに考えなくていいよ」
わたしはきみの胸のなかで、小さくつぶやく。
それは半分本音で、半分は嘘だった。
わたしの頭が、いまきみでいっぱいなように、きみもそうならいいと思う。
でも、そのことできみを余計に苦しませてしまうなら、わたしのことなんて考えなくていい。
じぶんのことだけ考えてほしい。
わたしの声が、聴こえているのかいないのか。わからないけれど、広瀬くんは、ひとりごとのように続ける。
「愛音のそばでは強くいたかった。ほんとのじぶんはこんなんで、現実から逃げてばっかの情けない奴で、いつか、愛音に嫌われるんじゃないかって、それも、怖かった」
震えるきみの声。胸が痛くなる。
「嫌いになんて、ならないよ」
わたしは首を振って言った。
嫌いになるわけない。
どんなことがあっても、きみを嫌いになんて、なれない。