コツ、と足音が響いた。向こうから歩いてくるその人に、わたしはハッとする。
「……乃亜さん」
「慧のお母さんに聞いた。あんたと一緒にいたときに倒れたって」
こくりと頷いた、次の瞬間。
ーーパンッ!
頰に、乾いた音が疾った。
「やっぱり、あんたといたらダメだった。危険だと思った。いつかこうなるって思ってた」
怒りのこもった彼女の震える声に、わたしはなにも言えなくなる。
「最近の慧、ちょっとおかしかった。話しかけてもうわの空で、前より聴こえてないことが多くて。あたしなら、もっと早く気づけたのに!」
様子がおかしいのは、気づいていた。だけど、きみがなんでもないような顔をしていたから。気にしすぎかなって、軽く考えてしまっていた。
そうーーわたしがもっと早く気づいていれば。早く病院に行くように言っていれば、こんなことにならなかったのかもしれないのに。
「慧になにかあったら、許さないから」
刃物のような鋭い声が響く。耳元で、だけど、遠くで。