「こんなこと知られたら、絶対怒られるなあ」
わたしは苦笑をこぼす。こんなに幸せでも、ついそのことが、癖のように頭を過る。
「なんで?」
「うち、健康に厳しくて、子どもの頃から甘いものなんて滅多に食べさせてもらえなかったんだ」
ずっとそうだった。いつも我慢していた。
いいなあ、わたしも食べてみたいなあ。伸ばしかけた手を押し込めた記憶は、数えきれないくらいある。
中学の頃、学校帰りにクラスメイトと学校近くのケーキ屋に行こうという話になったことがあった。
『愛音ちゃんも行こうよ』
誘われて、わたしは戸惑った。
行きたい。わたしもケーキ食べたいって言いたい。
でも……
『ごめんね。わたしは、やめとく』
本音をぐっと押し込んで、断った。
そっかー、と残念な空気が流れた。
『いいよ、仕方ないよ』
『愛音ちゃんのおうち、お医者さんだもんね』
『怒られたら愛音ちゃんかわいそうだし』
みんながそう言ってくれて、わたしはホッとした。
じゃあね、と楽しそうに去っていく友達の後ろ姿が、ほんとうはすごく、羨ましかった。