『まもなく3番線に電車が到着します。黄色い線までお下がりください』
アナウンスの後に、電車が到着した。
「行こっか」
わたしがホッとしたのを見透かすみたいに、彼はふっと微笑んで立ち上がった。
「……」
なんだかんだ言って、気づけば、15分はあっという間に過ぎていた。
「あ、そうだ」
彼は振り返って、
「おれ、電車でよく寝ちゃうからさ。また寝てたら起こしてよ」
そう言って、人懐こく笑った。
「なに、それ」
わたしは呆れて、なんだか気が抜けてしまった。
寝てたら起こしてって、なんて他力本願な。今日初めて話した人に、そんなこと頼むかな、ふつう。
「じゃーね」
彼はひらひらと手を振って、開いたドアに乗り込んだ。
わたしは一瞬ポカンとして、慌てて続いた。
彼はそこがお気に入りの席なのか、さっきとおなじ端っこの席に座って携帯をいじっていた。
わたしは離れた席に座って、参考書を開く。
だけど、さっきみたいには、集中できなかった。
ーー広瀬慧。
変な奴。頭オレンジ色だし、人の気持ちなんてお構いなくぐいぐい距離を縮めてくるし。
『そっか、ありがと』
ほんの一瞬、きっと気のせいだろうけど、
その人懐っこい笑顔を、どこかで見たことがあるような気がした。
でもそれがどこかはまったく思い出せなくて、やっぱり気のせいだと思い直す。
それよりも、わたしがいまこんなにも動揺していることのほうが、ずっと問題だった。