電車が来てホッとしたけれど、そんなのは一瞬で。

さっきよりも近い距離にどぎまぎして、うるさい心臓の音が隣のきみに聴こえないか、そんなことあるわけないとわかっているのに、本気で心配になってしまう。

いつもの帰り道。なのに、いままで通ってきたどの時間とも、全然違うように思える。視える景色も、聴こえる音も、わたしたちを包む空気も、全部が、初めて知ったような感覚。


「愛音」

ふいに呼ばれて、ゴムボールみたいに心臓が跳ねた。

「な、なに?」

「なんかぼーっとしてるけど、平気?」

「う、うん」

わたしはぎこちなく頷く。


ーー意識してるのは、わたしだけなんだ。



「じゃ、ちょっと寄り道してかない?」

と広瀬くんは言った。

「へ?」

電車が止まって、プシュッとドアが開いた。

大きな駅で、人がたくさん降りていく。

「今日くらい、パーッと遊んだっていいだろ」

「……」

降りよう、と伸ばされた手を掴んで。つい、用もない駅で、降りてしまった。

ーーずるい。

いまのわたしに、きみの手を振り払うことなんて、できるはずがなかった。