なのに、彼のまっすぐにこっちを見つめる瞳を、わたしは無視することができなかった。

「……倉橋愛音、です」

「愛音ね。よろしく」

「なんでいきなり呼び捨てなんですか」

「いいじゃん。愛音って名前、かわいいし」

彼はニッコリ笑って言った。

「…………」

よくそんな恥ずかしいことサラッと言えるな。

そう思いながら、“かわいい”なんて慣れないことを言われて照れているじぶんもいる。

「も、もういいでしょ。わたし、勉強したいんですけど」

「やだ」

やだ!?そんな、子どもみたいな断り方……。

「あのさぁ」

と、彼は不思議そうに首を傾げる。

「勉強って、そんなに大事?」

純粋な疑問の言葉。他意のない声。まっすぐに射抜く瞳で、問いかけてくる。

「え……?」

「だって、きみ、無理してるように見えるから。ほんとはしたくないんじゃないかなと思ってさ」

「…………っ」

……なんなの、この人。
なんで会ったばかりの人にそんなこと言われなきゃいけないの。
わたしのなにがわかるっていうの。

「……あなたに関係ないでしょ。ほっといてよ」

わたしは質問には答えずに、冷たく言った。こんなわけのわからない人に、本音なんて誰が打ち明けるか。言ったってきっと、わからないと思うけど。

「うん、関係ないね」

彼はふっと笑って、あっさりと頷いた。

なにそれ……じゃあ言わないでよ、やっぱりわけがわからない、けれどーー

「でもすこし、気になったんだ」

「え……」

なにが、と言おうとしたとき、警笛の音が聴こえてきた。