◯
「遅かったのね」
家に帰るなり、お母さんの鋭い声が飛んできて、わたしはビクッと肩をすくめる。
もう外は真っ暗で、いつも帰る時間より随分遅いから、なにか言われるだろうとは思っていたけれど。
「図書室で勉強してたの。これからテストまで遅くなるから」
図書館じゃなくて、公園だけど。それも1人じゃなくて、男の子と一緒だけど。正直なことなんて、恐ろしくてとても言えない。
「そう。それならいいけど。くれぐれも成績を落とさないようにね」
「……わかってるよ」
お母さんは、わたしの顔なんて見ていない。
その目に映っているのは、この家の“一人娘”で“跡継ぎ”のわたし。
わたしが病院の後を継ぎさえすれば、ほかのことはどうだっていいのだろう。
お母さんは変わった。いつからか笑わなくなって、いつも責めるような言葉を投げかけてくるようになった。前はきれいだったのに、いつのまにか随分皺が増えた気がする。
『すごいね、愛音』
『愛音はわたしの自慢の娘よ』
そう言って、笑って頭を撫でてくれた優しかったお母さんは、もうとっくにどこかに行ってしまった。
いつか昔に戻れる日がくるかもしれない、ずっとそう思っていた。思っていたかった。
だけど、そんなのはただのわたしの幻想で、あの楽しかった日々は、もうどこにも存在しないのかもしれない。