「遅かったのね」

家に帰るなり、お母さんの鋭い声が飛んできて、わたしはビクッと肩をすくめる。

もう外は真っ暗で、いつも帰る時間より随分遅いから、なにか言われるだろうとは思っていたけれど。

「図書室で勉強してたの。これからテストまで遅くなるから」

図書館じゃなくて、公園だけど。それも1人じゃなくて、男の子と一緒だけど。正直なことなんて、恐ろしくてとても言えない。

「そう。それならいいけど。くれぐれも成績を落とさないようにね」

「……わかってるよ」

お母さんは、わたしの顔なんて見ていない。
その目に映っているのは、この家の“一人娘”で“跡継ぎ”のわたし。

わたしが病院の後を継ぎさえすれば、ほかのことはどうだっていいのだろう。

お母さんは変わった。いつからか笑わなくなって、いつも責めるような言葉を投げかけてくるようになった。前はきれいだったのに、いつのまにか随分皺が増えた気がする。


『すごいね、愛音』

『愛音はわたしの自慢の娘よ』

そう言って、笑って頭を撫でてくれた優しかったお母さんは、もうとっくにどこかに行ってしまった。

いつか昔に戻れる日がくるかもしれない、ずっとそう思っていた。思っていたかった。

だけど、そんなのはただのわたしの幻想で、あの楽しかった日々は、もうどこにも存在しないのかもしれない。