「そういえば、きみ、さっきも怒ってたよね」

と彼は思い出したようにふっと笑って言う。

「さっき……?」

「見てたよ。学校の前できみがうちの生徒にケンカ売ってるとこ」

「み、見てた……?」

「うん、ばっちり。あんなガラ悪そうな奴らに歯向かってるすごい子がいるなーって感心しながら」

ガラ悪そうな奴らもオレンジ頭の人には言われたくないと思う。

「べつに、ケンカ売るつもりはなかったんですけど……それより見てたんなら助けてください」

ボソッと本音をつぶやく。

「いやいや、助けるまでもなくバッサリだったし。カッコよかったよ」

「ただの言い逃げですよ」

「逃げようとどうしようと、言いたいことをはっきり口にできるのって、カッコいいとおれは思うよ」

と彼は微笑んで言った。

「…………」

カッコよくなんてない。見過ごせなかったから言った。でも勝てるわけがないからさっさと逃げた。それのどこがカッコいいって言うんだ。

ねえ、と、彼は言う。

「きみ、名前、なんていうの?」

「……人に名前を尋ねるときは、じぶんから名乗るのが常識ですよね?」

ムッとして、思わず反撃してしまったけれど、すぐに後悔した。そんなことを言えば、この後じぶんも名乗らなくてはいけなくなる。

「あ、そうか」

彼は素直に頷いて、

「おれは、広瀬慧」

きみは?と視線を向けられて、わたしはぐっと喉を詰まらせる。

どうして今日会ったばかりの、もう今後話をすることもないだろう人に自己紹介をしなければいけないのか。わたしは仲良くするつもりなんて微塵もないのに。