「ああ、聞こえないと思うぜ。なんせ今、目の前には、欲しくて欲しくて堪らない魔力の存在があるんだからな」

俺は、勝利を確信したような笑みを浮かべた。

「なんだそれは……そんなもの、僕は知らないぞ!」

ヨルンは焦燥の色を滲ませた。

「そうだろうな。だってお前は、本当の暴食の悪魔について、何一つ知らないんだから」

「そんなことはない! 僕は誰よりもこの子たちを知っている! だって僕はずっとこの子たちを育てて来たんだから!」

「そうだな。己の身勝手な欲望のために、だけどな」

「っ!」

俺の言葉に、ヨルンは悔しそうに目を見張った。俺は冷たく目を細める。

「己の欲望のために、そんな災厄をこの世界に引っ張りだして、大勢の無関係な人たちを傷つけた。その挙げ句、お前のことを心から信じていたザハラの思いを、お前は無残にも裏切ったんだ」

「っ! ザハラ様……」

俺は、左手の聖剣レーツェルと右手の炎剣アムールを構え、ヨルンへと向かって歩みを進めるブラッドの背中を追った。

「くっ! お前たち、行け!」

ヨルンに命じられた黒い粒子は、一箇所に固まると、みるみるうちに黒く巨大な化物へと姿を変えた。その化物は、俺たちを丸ごと飲み込もうと、おぞましい口を大きく開く。

「タベルタベルタベルタベルタヴェル、タヴェル! タベル! タベル、タベル!! 星の涙(ステラ・ラルム)!!」

化物は、その口から圧縮された黒い魔力を放とうとする。

「……悪いけど、そんなものはもうこの世には存在しない!」

レーツェルとアムールの刀身に、限界まで魔力が漲り、ブラッドは大きく跳躍し、二つの剣を頭上に掲げた。

「この世界を幸せにするために、彼女との約束を果たすために、お前みたいな存在は邪魔なんだよ!!!」

レーツェルの刀身に金色に輝く炎が、アムールの刀身には赤紫色に燃え盛る炎が灯る。二色の炎は瞬時に融合し、剣の周囲に淡くも力強い黄昏色の炎を生み出した。

黄昏の絆(トワイライト・プロメッサ)!!」

ブラッドが振り下ろした黄昏の炎は、黒い化物をまるでバターのように縦に真っ二つに斬り裂いた。

しかし、黒い粒子たちは、その強大な魔力を喰らおうと、斬り口から激しく蠢いた。だが、ブラッドの放った魔力はそれを許さず、逆に粒子たちの結合を断ち切り、体を分解していく。

「な、なんだ、これ……」

バラバラになった黒い粒子たちは、力を失い、地面へと落ちてピクピクと痙攣した。

「どうだ? この感情の味は?」

「――っ」

俺のその言葉に、右目の奥にいる赤黒い影がニヤリと不敵な笑みを浮かべたのだった。

☆ ☆ ☆

「す、凄い……!」

黄昏の炎が黒い粒子たちを瞬時に両断したのを見て、俺たちは目を丸くした。

本当にブラッドさんを心から凄いと思ったし、俺もあんな風に、力強く、迷いなく強くなれたらと強く願った。

『さあ、次はわたくしたちの番です』

「わ、分かった!」

俺は目を閉じ、エクレールさんに自身の魔力を集中して注ぎ込んでいく。

『白と光の精霊たちよ、わたくしの声が聞こえたのなら、今すぐこの場に力を貸し与えて下さい』

彼女の静かな詠唱に呼応し、俺の周囲に純白と黄金に輝く精霊たちが集まり始めた。

『白は無へ、光は浄化へ、それぞれの力を持って、黒い粒子たちを元の状態へ還しなさい』

俺はエクレールを構え直し、その刀身を力を込めて地面へと突き刺した。

白光の楽園(ヴァイスライト・パラディース)

その言葉と共に、エクレールから放たれた荘厳な光の奔流は、地面に広がる黒い粒子へと一気に伸び、粒子たちを根源から浄化していく。

すると、黒い粒子たちに食べられていた精霊たちが、まるで光の玉のように次々と粒子から吐き出され、姿を現した。

解放された精霊たちは、そのまま自分たちの居た場所へと、光となって帰って行く。

『これでもう大丈夫なのですよ。きっと精霊たちが元の場所に戻ったことによって、真夜中の森も元の美しい姿を取り戻すと思うのです』

その言葉に、俺が安堵してホッとした時、ふとムニンのことを思い出した。

「そうだ! ムニンは!」

慌ててムニンへと目を向けた時、ある一人の小さな精霊が、彼の目の前に静かに浮かんでいた。

ムニンの体に広がっていた黒い痣は完全に消滅しているのが見て取れ、俺は深く安堵して、そっと息を吐いた。

ムニンの前に浮かぶ精霊は、ニッコリと優しく微笑むと、そのままムニンの体の中へと溶け込むように入っていった。

「確か……レーツェルさんが、月の精霊って……」

『はい、彼には、とても特別な精霊の加護があるんです』

レーツェルさんの声らしき声が頭の中で響くと、彼女はそのまま、その特別な加護について言葉を続けた。