その笑みは。

 知りえる人が、知らざる人に向けるほほ笑みだ。それはたぶん、とても気持ちのいい優越だ。

 そうして、噛みしめるように、才谷は告げた。

「恋人として、これだけは言っておこうと思ったんだよね。神崎奇跡は殺されたんだよ――ほかならぬ、才谷杏子にね」

 お寺みたいな香りが鼻につく。

 神崎奇跡は、香水をつけない人間だった。

 奇跡の家で寝泊まりをすることもあった、と才谷は言ったけれど。

 ならば、あの一つしかないベッドで身を寄せ合って眠った翌日、このお寺っぽい香りは奇跡の体からも立ち上ったのだろうか。

 才谷がうっとりと「神崎奇跡の恋人である」と語ったことは、嘘や妄想だけで構築されたものだとは思えなかった。

 彼女が奇跡の恋人なのかどうかは、いまだに疑わしいと思っているけれど。
 だって、奇跡のアシスタントであるヒメムラサキは才谷のことを知らないのだから。

 だから、そんな、彼女の言葉に、動揺することなんてないのだ。

 全部、嘘っぱちなのだから。

「あなたが、神崎奇跡を、殺した?」

 ばくばくと心臓が鳴る。

 痛いくらいだ。

「そう。神崎奇跡を殺したのは、私だよ」

「でも、警察は旅先での転落死だって」

「最後に起きたのは転落死だったかもしれないけれど、彼女がそんな旅行に行こうなんて思ったのも、ふらふらと崖っぷちに吸い寄せられたのも、全部私が悪いんだよ」