「どうして、はるかだけ……」

『それは、わからない』

「あなた、奇跡ちゃんのアシスタントシステムだったんでしょう? 何かわからないの!?」

『わからないよ。ヒメは、どこまでもヒメだから。奇跡の気持ちはわからない』

「……役立たず」

 吐き捨てるように母親は言って、バッグを引っ掴むと部屋を飛び出していった。

「あっ、ちょ、ここの鍵!」

 焦った。

 遺品整理のために呼びつけられたこの部屋の戸締りをすることができない。

 いくら生活感のない部屋で物が少ないとはいえ、鍵を開けっ放しで帰宅するのは気が引ける。

 鍵は母親が持っているはずだ。

 私が相続したのは、ヒメムラサキがインストールされた携帯端末だけだから。

『……ガスメーターの中だよ』

「え?」

『奇跡、ガスメーターの中に合い鍵入れてるから、帰るときに使えばいいよ』

 こともなげに、ヒメムラサキは言った。

 そうだ、ヒメムラサキはここに、奇跡と一緒に住んでいたのだ。それをやっと、実感として思い知る。

「……ヒメムラサキ」

『なあに、はるちゃん』

「ありがと」

 なにが、とも、どういたしまして、とも言わずに、ヒメムラサキは奇跡のベッドに腰かけた。

 ころん、と寝転ぶヒメムラサキがほほ笑む。


「何笑ってるの?」

『ううん、なんでもない……なんだかね、はるちゃんがそこのぼーっと立ってると、奇跡といっしょにこの部屋に住んでたときのこと思い出しちゃうなって』

「へえ」

『とーう!』

「ぐあっ!?」

 勢いよくベッドから立ち上がったヒメムラサキに、腕を掴まれる。そのままの勢いで、腕を引っ張られて……私はベッドに陥落した。

「ぎゃっ!」

『あははっ』

 ぎゅう、と抱き着いてくるヒメムラサキ。初めての行動にドギマギしてしまう。