とりあえず、棚にしまわれていた入浴剤や洗剤の在庫を段ボール箱に放り込んでいく。

『はるちゃん、もう帰ろうよ』

「そういうわけにもいかないよ」

『だって、この部屋は奇跡にとってなんの思い入れもないよ。たぶん』

「ああ、あなたここで暮らしていたことがあるんだもんね」

『うん。奇跡はね、いつも帰りたがってた』

「帰りたがって?」

 先程、母は「奇跡ちゃんはちっとも実家に帰っていなかった」と言っていた。

 確かに実家のある街からはたっぷり二時間弱かかってしまうわけだけれど、帰ろうと思って帰れない距離ではない。

 そもそも、亡くなった段階で奇跡に恋人の影はなかった……はずだ。

 ならばどうして、実家に帰らなかったのだろう。

「それ、本当?」

『うん。奇跡は毎晩、寝る前に言ってたよ。帰りたい、って』

「ふうん」

 あの完璧美女がそんな弱音を。

 かつては、あの山之上神社やふたりきりの子供部屋で、私にだけ囁かれていたはずの弱音。

 成長するに従って、奇跡は学校で、町で、信仰に近いような支持を集め始めたのだ。

 それと同時に、私から距離を取るようになった。

 それが、決定的に姉とすれ違い始める転機だったように思う。

『奇跡は、どこに帰りたかったんだろうね』

「そんなの、凡人の私にはわからないよ」

 平凡で、つまらない、どこにでもいる、替わりはいくらでもいる人間。

 それが私の絶対的な自己評価なわけだけれど、その人格形成には神崎奇跡という人間の存在は大いに影響していることはいうまでもない。

 神様と一緒に育てられるなんて、普通の人間に耐えられるわけないのだ。

 だって、だって私は、みんなが神様だと崇める神崎奇跡のことが――。