到着。

 ヒメムラサキの顕現を解除して奇跡の家のドアを開ける。

 そこには、私の母親の姿があった。

 長女を失ってから随分と痩せた母親は、茫然と奇跡の使っていたベッドに腰かけていた。

 ペラペラのマットレスに、羽毛布団。

 部屋の中にはほとんど私物ものがなく、生活感というものがなかった。

 神崎奇跡という誰からも崇拝される女の部屋として、あんまりにもイメージ通りすぎる。

 両親が踏ん切りをつけられず、大家さんに無理を言って三カ月は当時の状態のままで部屋を借り上げていた。

 しかし、それももう限界で。

 「部屋を開けてほしい」という通告があったそうだ。

 それでこのたび遺品整理に私が駆り出されたというわけだ。

 それはそうだ。いくら家賃は振り込まれているとはいえ無人の部屋が放置されているのは気分が悪かろうし、不用心だ。

 もしかしたらこの生活感のない部屋も、すでに泥棒にあらかた家財を持っていかれた結果かもしれない。

 挨拶もなしに、母はつぶやく。

「冷蔵庫の中にもね、全然、食材が入ってなかったの」

 愛する長女の死に浸って、おそらく平々凡々たる次女にかける言葉を忘れてしまったのかもしれない。

 昔からそうだ。

 神崎奇跡という存在の前には、私はあまりにも無力だ。

 両親の関心も、周囲からの賞賛も、すべては神崎奇跡のもの。

 私は、おまけ。