たどり着いた町は平らな駅前にはバスロータリーがあって、クリーニング店があって、チェーンのパン屋とアイスクリーム店のカラフルな看板だけがにぎにぎしい。

 地方都市の駅前特有の清潔さがあった。

 あの、なんでもできる神様みたいな姉が住んでいた町としては、少し地味なような気がした。

 ちょっと調べたら終電も二十二時台だったし。

「……ついた。ヒメムラサキ、ありがとう」

『はいはーい。T.S.U.K.U.M.O.によるナビゲートを終了します。ご利用ありがとうございましたぁー』

 本来は穏やかで平坦な情動しか持たないはずのT.S.U.K.U.M.O.システムが使う定型句を、ヒメムラサキはわざとらしいまでの棒読みで読み上げた。

 T.S.U.K.U.M.O.は、憑いている携帯端末の情報通信機能を使って人型デバイスとしても活躍できる。

 今回は、ヒメムラサキによる乗換案内を利用してみた。混雑情報から運休情報まで完璧だった。

「そういうわけで、道案内に切り替えよろしくね」

『はいはい。ヒメはできるT.S.U.K.U.M.O.だから、そんなの朝飯前だよー』

 ヒメムラサキの瞳が、ほんのりと紫色に光る。

 人型デジタルアシスタントとして起動しているときの印だ。

 どこからどう見ても人間の女の子なのに、やっぱり人ならざるものだと思い知らされる。

 奇跡は、いまから行く家でこの可愛らしい付喪神とどんな生活を送ってきたのだろう。

『こっちだよ』

 すたすたと歩き始めるヒメムラサキ。

「ちょ、歩くのはやい!」

『はるちゃんが遅いの。はやくしないと、ヒメの電源切れちゃうよ』

「えっ」

 慌てて携帯端末を見ると、なるほど残りの電源は半分を切っていた。

 替えの電池パックも、充電器も持ってきているとはいえ、端末の電源が切れればヒメムラサキは顕現を維持できなくなってしまう。

「奇跡の部屋、まだ電気が通ってたら充電しよう!」

『うん、よろしく頼むよ。はるちゃん♪』

 歌うようにヒメムラサキは言った。

 迷いのない足取りでヒメムラサキは歩く。

 その背中を見て、私は思い至る。

 この町は、ほんの数か月前まで神崎奇跡と彼女のアシスタントとしてのヒメムラサキが暮らしていた町なのだ。

 本来であれば、道案内機能の起動などいらないほどに、ヒメムラサキにとっては馴染みの道のはずだ。

 なんだか急に、自分だけが取り残されたような気持になった。

 時刻は昼前。どこかの家からカレーの匂いがただよってくる。

 昼から、カレーかよ。